『カムカムエヴリバディ』は期待を裏切る? 脚本家・藤本有紀の“天才的な省略の巧さ”

『カムカム』藤本有紀の天才的な省略の巧さ

 ラジオ英語会話を軸に、朝ドラ史上初の3世代ヒロインが駆け抜けた100年の人生を描くNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(以下、『カムカム』)。放送開始から2週間強が経過した時点でこの原稿を書いているが、ここまでの印象は「圧倒的に観やすく、わかりやすい」そして「とにかく巧い」ということである。

 脚本を手掛けているのは、熱狂的ファンの多い藤本有紀。「あの藤本有紀が“王道朝ドラ”を手掛けている」というところに、驚きを禁じ得ないファンは多いことだろう。

 なぜなら、藤本有紀といえば、朝ドラの長い歴史の中でもおそらく最もトリッキーで、局地的な熱狂を生んだ伝説的ドラマ『ちりとてちん』(2007年下半期)を手掛けた脚本家だからだ。

 長年において何度も使命を終えつつあった“朝ドラ”を再生させた作品として、一般的に挙げられるのは、まず『ゲゲゲの女房』(2010年上半期)だろう。放送時間を変えるということで、時計がわりに惰性で観られることの多かった朝ドラの伝統に大胆なメスを入れ、能動的に向き合う存在として作り替えた意義は非常に大きなものだった。

 そして、映画的アプローチで視聴者を魅了した渡辺あや脚本の『カーネーション』(2011年下半期)、朝ドラにこれまで関心がなかったドラマ好きや男性などに裾野を大きく広げた宮藤官九郎(クドカン)脚本の『あまちゃん』(2013年上半期)の3作があったからこそ、現在の朝ドラがあるのは間違いない。

 しかし、そこに至るまでの“朝ドラ低迷期”とも呼ばれる時代に、これまでとは全く違う実験的な試みによって新しい朝ドラのあり方を模索し、最大振幅を大きく広げたのが、『ちりとてちん』だった。クドカン作品などではよく言われる「視聴率は苦戦してもDVDが爆売れする」という現象が、朝ドラで初めて起こった異色作である。

 その理由は、情報量が多すぎることから、朝の忙しい時間帯に1回観ただけではわからない部分があること。コネタや伏線たっぷりで、繰り返し何度も観ることにより、発見がたくさんあること。だからこそ「朝と昼の再放送、さらに夜に録画で、1日3回観る」といったような観方が朝ドラで行われるようになったのも『ちりとてちん』からだった。

 言ってみれば、『ゲゲゲの女房』『カーネーション』『あまちゃん』という流れによって、朝ドラを時計がわりでなく、“作品”として楽しむことが定着する前の、“早すぎた作品”でもある。逆に今、『ちりとてちん』を放送していたら、そこまでカルト的人気作ではなかっただろうと思うところもあるだけに、2度目の藤本有紀朝ドラがどんなものになるのか、注目したファンは多かったはずだ。


 前置きが長くて恐縮だが、『カムカムエヴリバディ』は、そうした期待を良い意味で裏切ってくれた。

 物語は、日本のラジオ放送が開始された1925年3月22日、時同じくして岡山の和菓子屋「たちばな」に初代ヒロイン・橘安子(上白石萌音)が誕生したところから始まる。長い物語の幕開けを英語ナレーションで告げ、その文章が朝ドラ連動のラジオ語学番組『ラジオで!カムカムエヴリバディ』のテキストに掲載された文と同じだという小粋な仕掛けは心憎い。また、そもそも「朝ドラ初の三世代ヒロインの100年にわたる年月を描く」という時点で十分トリッキーであり、その人生をつなぐ軸にラジオがあるという奥行にも、「藤本ドラマらしさ」はある。

 しかし、そこから始まった作品の視聴感は、驚くほどに実直かつ王道だ。

 まずは、上白石萌音扮する、明るく素直で健気なヒロイン・橘安子。『ちりとてちん』が描いた朝ドラ初の「後ろ向きな主人公」喜代美(貫地谷しほり)とはずいぶん違う。安子にだけ甘い祖父(大和田伸也)と、しっかり者の祖母(鷲尾真知子)、真面目な職人の父(甲本雅裕)、優しい母(西田尚美)、やんちゃな兄(濱田岳)という家族構成も安心感がある。

 そして、安子を何かとフォローするクールでしっかり者の幼なじみ・きぬ(小野花梨)と、安子に幼い頃から思いを寄せてきた勇(村上虹郎)と、その兄であり、安子が初めて恋をする優秀で誠実で優しい稔(松村北斗)。特に稔には「あの藤本有紀がこんなにも正統派な相手役を描くとは」と驚きの声が多かった。

 開始から早々に恋愛が描かれることなどに驚く声もあるが、奇をてらった感じはまるでなく、スピーディーな展開のはずなのに、駆け足な印象は全くなく、非常にゆったり落ち着いた色彩がある。なぜなのか。

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