連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年4月のベスト国内ミステリ小説

2026年4月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は四月刊の作品から。

梅原いずみの一冊:米澤穂信『倫敦スコーンの謎』(創元推理文庫)

 アニメ化もした〈小市民〉シリーズの第2作品集である。本編の時系列でいう春期と夏期の間に、小鳩君と小佐内さんが遭遇した事件が納められている。全4話、どれも謎と状況はシンプルながら推理の切れ味は抜群。特に、絶品ジェラートを前に手をつけない人物をめぐる一編は《日常の謎》系統の傑作である。最後に収録された書下ろしも必読で、連作集ならではの仕掛け、シリーズならではの結末に舌を巻く。シリーズファンは小市民になりきれない2人や堂島健吾の葛藤を前に、ここから〝あの〟夏に繋がるのね……!という楽しみ方もできます!

千街晶之の一冊:深町秋生『血は争えない』(双葉社)

 帯の惹句には「中華マフィアも政治家も警官もみな殺し」。綽名は「歌舞伎町の狂王」。この時点で読者は、深町秋生『血は争えない』の主人公・不破隆次のことを、手のつけられない狂犬のような存在だと思うだろう。プロローグで描かれる法廷での大暴れぶりも、その印象を強める。だが、十五歳で母に先立たれてから始まる彼の一代記を読むうちに、その印象は変わってくるのではないか。それは、寄る辺なさを抱え、肉親の絆に縋り続けた男の哀しい物語だ。読後に再びプロローグに戻れば、不破の放った言葉が別のニュアンスを帯びて蘇る筈である。

若林踏の一冊:法月綸太郎『法月綸太郎の不覚』(講談社)

 事故物件、インフルエンサー、コンプライアンス規定と、30年以上続く<探偵・法月綸太郎>シリーズにも令和の世相を反映したような単語が続々と出てくることにまず驚く。もちろん表層的な部分だけではなく、推理の面においてもレギュラー探偵を配した謎解きミステリを現代的に刷新する試みは忘れない。書下ろしの「平行線は交わらない」は、まさに2020年代以降における名探偵の存在を考えさせるものだ。「令和の時代に古風な名探偵しぐさを続けていく」のは困難な道のりだと思うけれど、しっかりと最前線に立っていますよ、法月さん。

藤田香織の一冊:吉川英梨『犯罪前夜』(小学館)

 お、面白そう! と興味本位で手にとって、え? 面白くない? いや面白いだろ、好みすぎる! と一気通読。大阪市内で同日に発生した3つの事件&大阪湾での観光船シージャック。主な視点人物のひとり、大阪府警捜査一課の高城のキャラ造形も抜群ながら、もうひとりの主要人物・岸本が海上保安庁特殊警備隊(SST)所属、というのも興味深し。SSTって! へえへえそうなんだ?

 犯人たちの要求含めた事件の終結までも興奮必至なのに、そこから加害者家族について掘り下げていくのも熱かった。雫井秀介や奥田英朗のような事件と同時に人間を読む醍醐味が。

酒井貞道の一冊:法月綸太郎『法月綸太郎の不覚』(講談社)

 本格ミステリの真髄を味わえるのは短篇である。本作を読んで益々その確信を深めた。絶妙な塩梅の謎解きミステリが四篇収録されている。一筋縄では行かない、ひねくれた事件を、これまたひねくれた推理で丁寧にこねくり回し、謎解きにコクを出した上で、最後は鮮やかに解きほぐす。個別の事件の人間ドラマは後背に引かせて深刻になるのを避けて、探偵サイドの掛け合いで笑わせに来るのも憎い(コンプライアンスへの配慮は可笑しかった)。コーヒーやティー片手に、お酒が強い人はワインすら片手に、ミステリで憩いのひと時、いかがですか。

杉江松恋の一冊:法月綸太郎『法月綸太郎の不覚』(講談社)

 今月はこれを挙げないとどうしようもない気がする。話の構造が都筑道夫『退職刑事』化して以降のこのシリーズは推理の純度に磨きがかかっているのだが、綸太郎と法月警視のやり取りに軽妙さも加わって、ミステリマガジン黄金期の訳載短篇を読んでいるかのようだ。収録作はアンソロジーなどでばらばらに発表されたものでつながりはない。にも拘わらず一本の柱があるように感じられるのは作者の関心事が共通しているからか。あるモチーフが一貫して使われており、美しいグラデーションを描いている。連作短篇集としても完璧な出来だと思う。

 名探偵の短篇集強し。今月は短篇集の月でしたね。4月2日に発売された『道玄坂上ミステリ監視塔』単行本、お手に取っていただけたでしょうか。5月14日には高円寺パンディッドで刊行記念イベントも開催されます。配信もありますのでぜひご覧ください。
※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

■イベント情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』出版記念トークショー
登壇者:杉江松恋、千街晶之、若林踏
日時:5月14日(木)19時オープン/19時30分スタート
料金:一般2,000円/書籍付き2,000円+書籍代
配信1,500円/配信書籍付き1,500円+書籍代
※書籍はイベント限定価格での販売となります。
会場:高円寺Pandit'(〒166-0002 東京都杉並区高円寺北3-8-12フデノビル2階)
詳細は高円寺Pandit'のホームページにて
https://pundit.jp/products/26p1-5-14

※イベント終了時には、登壇者のサイン会を予定しています。

■書誌情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』
著者:梅原いずみ、酒井貞道、千街晶之、藤田香織、若林踏、杉江松恋
価格:2,700円+税
発売日:2026年4月5日
出版社:blueprint

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