連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年3月のベスト国内ミステリ小説

2026年3月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は三月刊の作品から。

千街晶之の一冊:楠谷佑『猫鳴く森で謎解きを』(ポプラ社)

 まだ三月の時点でこう言い切るのは多少気が引けはするものの、楠谷佑『猫鳴く森で謎解きを』は、今年の国産本格ミステリとしては今のところトップの出来だと言っておく。クールで動物好きの高校生エチカとルームメイトの雛太が、ボランティアのため訪れたキャンプ場で巻き込まれた殺人事件。容疑者を絞り込む過程で反証を片っ端から潰してゆくエチカの推理の納得度の高さは尋常ではないし、伏線の張り方の丁寧さにも瞠目させられる。クイーンとクリスティーの美点を兼ね備えたような、これぞ本格ミステリのお手本と言いたくなる傑作だ。

若林踏の一冊:方丈貴恵『盾と矛』(KADOKAWA)

 いわゆる“怪人対名探偵”の物語のなかでも異彩を放つ作品である。探偵の宿敵であるヒミコが事件の隠蔽や捏造など事後処理に特化した職業的犯罪者なのが肝で、犯罪者が仕掛ける工作に対し探偵役が推理で打ち破るという応酬がデスマッチの如く展開するのだ。凄まじい速度で繰り出される推理がスリラーとしての読み味にも繋がっており、『少女には向かない完全犯罪』で著者が試みた謎解きの技法とスリラーの興趣の融合が更に一歩進んだ形で描かれている。連作集としての巧みな構成も含め、現時点における著者の最高傑作と言えるだろう。

梅原いずみの一冊:方丈貴恵『盾と矛』(KADOKAWA)

 謎が解かれた〝後〟が本番の本格ミステリである。ロジックを得意とする探偵とアクションを得意とする助手のコンビが、真相を書き換え犯人を逃がす〝仕事人〟と頭脳戦を繰り広げる。趣向の異なる3つの謎を前に、仕事人はいかに事件を改変するのか、探偵は上書きされた真相を見破ることができるのか。倒叙ものの要素もあって、探偵と助手、仕事人それぞれのキレ味を堪能できる。さらに予想外のトンデモな事態が発生する後半の、本領を発揮した探偵と助手コンビの暴れっぷりときたら!痺れてしまう。現時点における著者の最高傑作である。

酒井貞道の一冊:方丈貴恵『盾と矛』(KADOKAWA)

 主役の男性2名が探偵と助手を務めるバディものに、シリーズ犯人(ただし主犯ではなく、主犯が捕まらないよう裏からサポートする役割)を対置させた、三章構成の本格ミステリである。シリーズ犯人と探偵と頭脳バトルは、シリーズ犯人側の設定を十分に活かしているし、助手もフィジカルがたいへん屈強。三者三様の個性と活躍、絆が読者に刺さるはずだ。……と思っていると、第三章の事件で状況が激変し、ボルテージは一気に高まる。世に推理合戦は数あれど、それが本作ほどに深みがあって、劇的な作品は稀だ。方丈貴恵の最高傑作に推す。

藤田香織の一冊:山口恵以子『手配する女』(新潮社)

 山口恵以子といえば「食堂のおばちゃん」「婚活食堂」「ゆうれい居酒屋」の食と人情シリーズで知られるが、本書の主人公は後期高齢者の三矢唯。75歳になる現在も、日々、始発電車で大手町の勤務先に通う、食堂ではなく「掃除のおばちゃん」だ。実は唯には裏の顔があり、地面師仲間の一員で、なりすまし役を調達調教する手配師として裏社会を生きているのだが、その最後になるやもしれぬ案件を描く。上野と根津の中間地点に位置する約700坪、少なく見積もっても時価100億円! 騙される人間を騙されるとわかっていて読んでいるのに興奮する。巧いのよなぁ。

杉江松恋の一冊:天沢時生『キックス』(集英社)

 第一短篇集『すべての原付の光』(早川書房)表題作で琵琶湖奇想SFという新ジャンルを創設した著者初めての長篇は、やはり琵琶湖を舞台とした犯罪小説だ。四つの暴力集団が抗争を繰り広げる湖岸地域で、主人公たちはレアものスニーカーの贋作商売を始める。『北斗の拳』と『特攻の拓』を足して二で割ったような世界観で繰り広げられる物語で、主人公の相棒として暴れまわるのが『熱笑!!花沢高校』の獣田三郎系最強馬鹿だというのが素晴らしい。後半で話がシフトして純粋な犯罪小説ではなくなるのが残念だが、この語り口は素晴らしい。

 満を持して放った印象のある作品に票が集中したのが印象的でした。その他の作品も個性派揃いです。この4月2日には本連載が『道玄坂上ミステリ監視塔』として発売開始しました。連載分を収録したほか、書き下ろし原稿や年間ランキング選定会議の模様なども入って、この5年の動きを知るには格好の読物となっております。ぜひ書店で手に取ってみてください。

※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

■書誌情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』
著者:梅原いずみ、酒井貞道、千街晶之、藤田香織、若林踏、杉江松恋
価格:2,700円+税
発売日:2026年4月5日
出版社:blueprint

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