クトゥルー神話 × 悪役令嬢がまさかの癒合!? 青心社『クトゥルーVS悪役令嬢』がおもしろい

『クトゥルーVS悪役令嬢』が面白い

 青心社という出版社がある。いろいろな本を刊行しているが、ホラー好きにとっては「クトゥルー神話」関係でよく知られている。ちなみにクトゥルー神話とは、H・P・ラブクラフトが創作した、一連のコズミック・ホラー作品及び、その物語世界に魅せられた仲間の作家や後進の作家によって創作された作品群のことである。クトゥルーを始めとする数々の邪神と、その眷属たちが有名である。現在ではエンターテインメント作品でよく使われるネタなので、ご存じの人も多いだろう。昔から読んでいた読者のひとりとして、まさかこんなにメジャーなジャンルになるとは思ってもおらず、感慨もひとしおだ。

 しかも日本では、クトゥルー神話が独自の発展を遂げた。切っかけになったのは、菊地秀行の『妖神グルメ』である。この作品は、クトゥルー神話にグルメ(イカモノ料理)を組み合わせ、いままでにないコズミック・ホラーを創り上げたのである。おそらくこの物語によって、「クトゥルー神話って、どんなふうに弄ってもいいんだ」と思った人が少なからずいたのだろう。しだいにクトゥルー神話と別の題材を組み合わせた作品が増えていく。たとえばクトゥルー神話×巨大ロボットならば、朝松健の『秘神黙示ネクロノーム』や、PCゲームから始まりマルチ展開したニトロプラスの『斬魔大聖デモンベイン』。クトゥルー神話×ラブコメならば、逢空万太の『這いよれ!ニャル子さん』。クトゥルー神話×大魔人ならば、田中啓文の『大魔人伝奇』。そういえば、古橋秀之の『超妹大戦シスマゲドン』にも、クトゥルー神話ネタが入っていたなあ。とにかくそんな感じで、クトゥルー神話は、やりたい放題に使われているのである。

 という長い前振りが終わったところで、今回の書評の対象である『クトゥルーVS悪役令嬢』だ。『クトゥルーはAIの夢を見るか?』『クトゥルー異世界へ!』などに続く、「邦人クトゥルーアンソロジーシリーズ」の最新刊である。また“ちなみに”になってしまうが、悪役令嬢ものとは、女性向けのネット小説から生まれたジャンルのこと。物語の中で悪役的な立場に置かれる(もしくは将来、そうなる可能性のある)女性のことを、悪役令嬢という。現代の日本人女性が乙女ゲームや少女漫画やラノベの世界に転生や転移し、自分が物語の中の悪役令嬢だと気づき、なんとかしようと奮闘するのである(転生転移要素のない作品もある)。またまた、とんでもない組み合わせだが、収録された五作はバラエティに富んでいる。とくに冒頭を飾る、松本英太郎の「アルゴスの姉妹」は秀作だ。

 キンメリアから遥か南方に、西の大海に挑むアルゴスという国がある。その国で最大の領地を持つ大公ベルガ・タルモスの長女ナナルは、性格陰険にして冷酷、妖艶にして淫靡な暮らしをしている。人の命を何とも思わず、民には恐れられていた。なお妹のサニアは、姉とは正反対の性格である。

 しかしある日、野心に燃える魔導士の立て続けのミスにより、ナナルの魂の消えた身体に、意外な人物の魂が転移する。さらにクトゥルーの邪神の力を借りた敵がアルゴスに攻めてきたと知ると、別人となったナナルは、護衛の「獅子のアムラ」たちと共に、戦場に向かうのだった。

 出てくる国の名前などで、なんとなく予想していたが、「獅子のアムラ」という名前で確定。本作は高名なヒロイックファンタジーのパスティーシュなのだ。元ネタとなる作品を知らなくでも面白く読めるのは、優れたパスティーシュの証拠。クトゥルー神話や悪役令嬢を味付けにして、あの名作にオマージュを捧げているのだ。いや、これは凄い!

 以後の作品では、邪悪な神々に対する好奇心により、少年時代の天才魔導師アブドゥル・アルハザード(『ネクロノミコン』の著者)が女体化して後宮に潜入する、新熊昇の「後宮のアルハザード」、高度経済成長期の炭鉱長屋に、あるものを求めて高飛車な社長令嬢がやってくる、岬士郎の「イクチの記憶」がよかった。ふたつのジャンルを好き勝手に癒合した、五つの物語を楽しんでほしい。

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