『謎の香りはパン屋から2』土屋うさぎが語る、“日常の謎”との向き合い方「謎の魅力で物語を引っ張っていくことは必要」

第23回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作で、シリーズ累計42万部を突破している土屋うさぎによる人気小説『謎の香りはパン屋から』(宝島社)の続編となる『謎の香りはパン屋から2』(同)が、2026年4月8日に刊行された。
大学生の主人公・市倉小春が、アルバイト先のパン屋「ノスティモ」で遭遇する“日常の謎”を、パンの豆知識とともに解き明かす同シリーズ。執筆の背景やミステリ小説としての趣向について、著者の土屋うさぎに話を聞いた。聞き手は、書評家の若林踏。
前作以上にキャラクターをより重視した

――『謎の香りはパン屋から2』は大学生の市倉小春がアルバイト先のパン屋「ノスティモ」で遭遇する謎を描いた、いわゆる“日常の謎”タイプの連作シリーズ第2弾です。第23回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作である第1作はベストセラーとなりました。その続編として本作も大きな注目を集めています。
土屋:ありがとうございます。実は『謎の香りはパン屋から』を刊行した後、シリーズではない別の作品を書こうと当初は考えていました。その作品では殺人事件も扱うつもりで、“日常の謎”に限らず様々なタイプのミステリを書いて作家としての幅を広げるべきではないか、と思っていたんです。ですが大変ありがたいことに『謎の香りはパン屋から』が多くの皆様から好評をいただいたことで、「読者の皆さんからの期待にぜひとも応えたい」という気持ちがどんどん強くなっていきました。そこからデビュー作の続編を書こうという方向に舵を切った、という経緯があります。
――『2』は前作のフォーマットをそのまま踏襲する形で書かれています。続編だからといって奇を衒わず、前作の形式から変えずにファンを楽しませたいというストレートな思いを感じました。
土屋:もちろん“日常の謎”の作家としてイメージが固定されてしまう可能性があることについては、正直に言って不安や葛藤も少しありました。しかし、「多くの読者の方々が“日常の謎”タイプのミステリである『謎の香りはパン屋から』を支持してくれたのであれば、この路線の作品に真正面からしっかりと向き合おう」という思いの方が不安や葛藤よりも勝ったんです。
――前作から引き継いだフォーマットの話でいえば、各話の最後に題材となるパンの豆知識が披露される場面があります。前作からのファンにとってはお馴染みの場面ですよね。
土屋:あの部分、実は1作目のアイディアを思いついた時点では無く、書き始めて第1章を終えた段階で入れてみようと思い至ったんです。「謎の香りはパン屋から」シリーズについてはパンに関する知識に頼らずとも成立するミステリを書きたいな、と思う一方で、パンに関する情報が少な過ぎるとパン屋小説として描く必然性が薄くなってしまいます。そのバランスをどのように取れば良いだろうか、ということを悩んでいた時に出てきたアイディアなんです。
――いっぽうで続編として前作との違いを意識して書いた面も多いと感じました。前作でも「ノスティモ」に関わる人物たちのドラマに焦点が当たっていましたが、本作では群像劇としての要素がより強まった印象を受けます。
土屋:そうですね。『2』については前作以上にキャラクターをより重視した書き方を心掛けました。「謎の香りはパン屋から」シリーズについては「どこの巻から読んでもOK」というより、その巻で書かれたキャラクターのその後がどうなったのか、読者が興味を抱いて続刊を読んでくれるようなシリーズ作品を書きたいなという気持ちがあるんです。ですので『2』では新しいキャラクターを登場させるだけではなく、前作の登場人物が持つ背景も掘り下げるようにして、群像劇的な広がりを表現できるようにしました。前作から人間ドラマがより発展しているような感覚を読者の皆様に味わっていただきたかったのです。
――各話の趣向にも広がりが前作以上に出ていると思います。最終章の「涙する塩パン」ではグルメ小説ではお馴染みのパン作り対決が描かれていて楽しいと感じました。
土屋:前作では題材となるパンをモチーフとして物語を作っていましたが、『2』はどちらかと言えばキャラクターありきでまず物語を考え、その話に合うようなパンを選んでいったという流れで書きました。その際に物語の核となるキャラクターの特徴をなるべくバラバラにすることで、連作集としてのトーンが単調にならないように工夫したんです。各話の趣向に広がりを感じていただけたのならば、狙い通りになって良かったと思っています。
謎の魅力で物語を引っ張っていく

――ミステリとしての趣向についてお伺いします。「謎の香りはパン屋から」シリーズは「なぜそのようなことが起こったのか」「一体何が起こっていたのか」という謎が話の中心に置かれることが多いです。特に『2』では物語の水面下で起こっていた出来事が謎解きによって明かされるという「何が起こっていたのか」に力点があるエピソードが目立ちます。
土屋:デビュー作は「やはりミステリ小説新人賞に応募するからには、きちんと謎を描かなくては」という思いがあったので、あらかじめ主人公の小春が解くべき謎が明示されるような形で書いていた気がします。それと比べて『2』についてはキャラクターを起点とした物語作りを意識したので、ミステリとしてのアイディアも自然と「各登場人物が取った行動の裏にはどのような真実が隠されていたのか」というものが多くなっていったのかな、と思います。
――「謎の香りはパン屋から」シリーズでは謎を解く過程よりも、謎が解かれた後に繰り広げられる人間ドラマが重視されている気がします。こうした書き方は、土屋さんご自身のミステリ小説に対する嗜好を反映したものなのでしょうか?
土屋:ミステリ小説というよりも、エンターテインメント作品全般に対する私の嗜好が色濃く出ているのかな、と思っています。ミステリの要素がある小説で自分が触発された作品を一つ挙げるとしたら、辻村深月さんの『鍵のない夢を見る』(文春文庫)があります。直木賞を受賞した短編集ですが、このなかに一見するとミステリ小説に思えないのだけれど、終盤にあっと言わせるような驚きが待っている作品が収められているんですね。最後に真相が見えることで物語全体の見え方が変わり、人間ドラマも深まるようなタイプの作品に自分は惹かれます。そういう物語に対する憧れが「謎の香りはパン屋から」シリーズに滲み出ているのかもしれません。あと、漫画家であり小説家でもあるおぎぬまXさんから「物語を牽引するのは謎である」という趣旨の言葉をいただいたことも影響は大きいかな、と思っています。ミステリに限らず謎の魅力で物語を引っ張っていくことは必要なのかな、という意識が芽生えたので。
――前作も含め、「謎の香りはパン屋から」シリーズを読んで「温かい気持ちになった」という読者の感想を見かけることが多いですね。確かに『2』では前作以上に人間ドラマの部分で心が落ち着く感じがしました。
土屋:実を申しますと「温かい気持ちになった」という感想を多くいただいたことについてはちょっと意外な思いもありました。というのもデビュー作を書いた時はハートフルな物語にしようという意識はそれほど強いものではなく、むしろビターな味わいのものを書いていたという気持ちの方がありました。ですが読者の方々から「心温まるミステリ」という反応をいただいたことで、作者自身では気がつかなかった作品の美点を見つけたような気がしまして、『2』では意識的に温かい読後感になるような小説を目指しました。
市倉小春の成長物語としての側面

――「謎の香りはパン屋から」シリーズは主人公である市倉小春の成長物語としての側面もあります。前作で漫画家志望の大学一年生として登場した小春ですが『2』では二年生になり、念願の漫画家デビューが決まったことが第1章「すれ違いのメロンパン」の序盤で描かれています。その後の各話で書かれる担当編集さんと小春のやり取りでは、思わず笑ってしまうような場面も出てきます。
土屋:シリーズものを書くにあたって、やはり主人公の変化を描かなければいけないという思いは強くありました。「ノスティモ」の方では後輩のアルバイトが入ってきて先輩の立場になるいっぽう、夢である漫画家の道でもきちんとステップを踏ませてあげたいな、という気持ちがありまして、『2』ではついにプロ漫画家への第一歩を踏むように描きました。ちなみに第4章「聖夜のフレンチトースト」の冒頭でネームが没になって編集者さんと色々やり取りする場面がありますけれど、これは実際に自分が漫画家デビューした際に経験したことが基になっています。
――このように小春も作中でどんどん成長していくわけですが、そうなるとシリーズは小春が大学卒業を迎えるまで続くのでしょうか?
土屋:『2』を書き上げるまでは試行錯誤の連続だったので、「3巻目でシリーズは完結させても良いかな」という気持ちがほんの少しだけありました。ですが「もっと小春と「ノスティモ」の物語が読みたいです」という読者の皆様からのお声を頂いたことで、「よし!もう少し書いてみよう」という気力が湧いています。「謎の香りはパン屋から」シリーズはひとまず小春が大学四年生になるまで続けたいと現時点では考えておりますので、今後も小春と「ノスティモ」の物語を応援いただければ嬉しく思います。
■書誌情報
『謎の香りはパン屋から2』
著者:土屋うさぎ
価格:1,650円
発売日:2026年4月8日
出版社:宝島社






















