人生後半、何を手放し何を残す? 一田憲子×板倉直子が語る、暮らしの中で見つけた幸せのカタチ

編集者でありライターである一田憲子さんが1月17日に吉祥寺の「coromo-cya-ya(コロモチャヤ)」で、新刊『最後の答えは、きっと暮らしの中にある。』(内外出版)の発売記念イベントをおこなった。ゲストには、島根県松江市にあるセレクトショップ『Daja』の板倉直子さんが登場。チケットはすぐ完売となったイベントを今回は特別にレポート。これまでがむしゃらに生きてきたと話す二人が見つけた人生後半の幸せの生き方とは?
「家から抜け出して来ていただいてありがとうございます」。一田憲子さんの言葉で始まったこの日の会は、会場に選ばれたのは、吉祥寺の「コロモチャヤ」。一田さんが日頃から通うお気に入りのお店で、「ここなら近い距離で話せる」と思ったのがきっかけだったという。
開催にあたっては、オーナーの中臣美香さんが協力し、閉店後の店内に椅子を並べて場を整えた。またゲストの板倉直子さんについては、「この本の話を一緒にするなら板倉さんがいい」と一田さんが熱望して実現にこぎつけた。「いろんな偶然が重なって今日の会になった」と笑顔で話すが、何より一田さんの幸せパワーに、多くの人が惹きつけられてしまうのだろう。
ゲストとして登壇したのは、島根県松江市のセレクトショップ『Daja』を営む板倉直子さん。「島根ってどこにあるか分からない方が多いんですよ」と会場の空気を和ませつつ、店はこの春で37年目を迎えると自己紹介。センスあるネイビーのワンピースに白シャツをインナーに合わせたコーディネートで、紅茶や映画、音楽など、暮らしを彩るカルチャーへの愛情が板倉さんの言葉の端々から伝わってくる。
一田さんが板倉さんをゲストに選んだ理由は、新刊のタイトルにある通り「最後の答えは、きっと暮らしの中にある」という感覚を、二人が同じように抱えているからだという。外へ外へと仕事に向かい、走り続けてきた人生の前半。けれどふと立ち止まったとき、一番大切なものは自分の暮らしの中にあった——。そんな気づきを共有できる相手として、板倉さんの存在が浮かんだ。
■がむしゃらに走った日々

イベントの前半では、二人が「がむしゃらに働いていた頃」のエピソードが次々に語られた。
一田さんは関西出身で、25歳で上京。29歳でフリーライターになったという。新卒時代には出版社への就職も考えたが、当時の関西には出版社が少なく、親の反対もあり商社に就職。その後一度結婚し、編集の仕事をしていた夫とともに東京へ出てきた。
しかし結婚生活は3年で破綻。それでも「ここまで来たからには戻れない」と踏ん張り、フリーとして生きる道を選んだ。家賃を払うだけで生活が苦しくなり、親には頼れず妹に「3万円貸して」と電話したこともあるという。
それでも一田さんは、自分の足で仕事を掴みにいった。インテリア雑誌『美しい部屋』に出合い、誌面に載っていた電話番号へ自分から連絡。仕事を得たのだという。「正しいやり方が分からなかった。だから正面突破しかないと思った」。基本的に人見知りだったという一田さんのその行動力に、会場からも驚きの空気が広がった。
さらに当時『美しい部屋』の編集長だった人物が、今回の新刊を刊行した内外出版社の黒川さんだったことも明かされる。一本の電話から始まった縁が、時間をかけていまの仕事へつながっている。そんな話は、この日のテーマにも静かに重なっていった。

一方の板倉さんは、島根県の山あいの町で育った。家は米農家で、薪で風呂を沸かすような暮らし。都会的なおしゃれとは無縁だったが、母が洋裁をしていたこともあり、ものづくりや服への興味は自然と芽生えたという。
転機になったのは雑誌「オリーブ」との出合い。ファッションだけでなく映画や音楽、暮らし方までが詰まった誌面に、「知らない素敵なこと」が満載だった。そこから古着や音楽へと憧れが広がり、やがてチェーンの洋服店に就職。配属先の大阪・心斎橋で、古着と音楽のカルチャーが集まるアメリカ村での日々が趣味の世界へとのめり込んでいく。
板倉さんは、古着屋で働くために資金を貯め、ビンテージショップへ転職。服や音楽のことを教わりながら、夢中で日々を過ごしたという。ただ、楽しい一方で現実は厳しい。家賃を払うために朝は喫茶店でバイトをし、生活を回すだけで精一杯だった。
「今は楽しいけど、1年後、2年後、この生活は持たない」。そんな不安から、板倉さんは故郷の島根に戻ることになる。
■走りながら決めていくしかなかった
そんな板倉さんが、結果的に『Daja』を継ぐことになったのは、偶然だったという。松江に戻り、安定を求めて就職を考えていた頃、知り合いづてに「お店を出すから、スタッフが決まるまで手伝ってほしい」と声がかかる。短期間のつもりで手伝い始めたものの、次第に「こうした方がいいのに」と手を出したくなる部分が増えていった。
内装を明るくしたいと自分で白いペンキを塗り、扱うブランドも試行錯誤。雑誌に載っていた電話番号を見てメーカーへ直接連絡し、展示会に足を運んだ。島根の小さな店に、営業担当が実際に足を運んでくれたこともあったという。
板倉さんはその頃を振り返り、「こうしたらうまくいく、が分かってから動くんじゃない。走りながら考えるしかなかった」と語る。勢いで始まったように見える挑戦の裏に、ひとつずつ人との縁を繋ぎ、学び、試し続けた積み重ねがあった。
店の売上が伸びるにつれ、当初のオーナーから「お店を買わないか」と話が持ち上がった。しかしそれは“譲り受ける”という甘いものではなく、「大借金を背負う」ことを意味する。やりたい気持ちと怖さの間で悩み続け、答えを出せないまま時間だけが過ぎた。
迷った末、板倉さんは一度店を離れ、東京へ出た。洋服を作って展示会を開き、仕事の可能性を探す日々。けれど「東京で生きるのも大変そうだ」と感じ、再び松江へ戻る。そしてパートナーと出会い、「二人ならやれるかもしれない」と店を引き継ぐ決断に踏み切った。
だがそこからがまた大変だった。結婚生活がうまくいかず、店の空気にも影響が出る。板倉さんは「全部、自分で背負う」と腹をくくり、ひとりで経営する道を選んだ。スタッフが「一緒に頑張ります」と言ってくれたことが、その背中を押したという。
「人生で一番忙しい時に、お金も返さなきゃいけないし、お給料も払わなきゃいけない。もう、がむしゃらに働くしかなかった」。板倉さんのその言葉に、一田さんも深く頷いていた。
■「歩を緩める」ことで見えてきたもの

がむしゃらに自分のやりたかった夢へと走り続けた二人。仕事も順調だった。けれど一田さんは、仕事が増えれば増えるほど忙しくなり、余裕がなくなっていった時期があったという。雑誌のページを担当するフリーランスの働き方では、「いかにページを取るか」が収入に直結する。文章がうまいだけではなく、取材先を探し、企画を立て、提案を通していく力も必要だった。
必死に積み重ねてきた仕事が、ある日突然なくなることもある。そんな経験を重ねる中で、一田さんはふと思ったという。
「ここに幸せの基準を置いていたら、ジェットコースターみたいになっちゃう」。
仕事がうまくいけば舞い上がり、なくなれば落ち込む。その揺れの中で、気持ちがすり減っていく。そんなとき、夕方になればお腹が空き、家でご飯を食べる。「家で食べるご飯の確かさ」に救われた瞬間があった。
「毎日ご飯を作って食べるっていうことが、私の足場なんじゃないかなと思った」。その気づきが、現在の一田さんのスタンスとなり、新刊『最後の答えは、きっと暮らしの中にある』にもつながっている。
板倉さんもまた、コロナ禍をきっかけに考え方が変わったという。店の仕事は接客だけでは終わらず、閉店後に事務作業や次の仕入れの準備が待っている。忙しさが続くほど、体力も消耗する。
「楽しいことが、嫌いになるくらい忙しかった」。板倉さんは当時をそう振り返る。そして自分の中の99.9%が仕事になっていたことに気づき、「このままだと、突発的に全部やめたくなる」と感じた。
だからこそ、絶頂期とも言えるタイミングで店を小さくした。「ずっと続けられるように、歩を緩めよう」と決めたのだという。暮らしを楽しみたい、家族と過ごしたい——そんな憧れを、ようやく自分に許せるようになった。
一田さんも、暮らしにまつわる活動を広げていく中で、「一番大事な仕事をちゃんと大事にするためには、手放さなきゃいけない」と思うようになった。忙しさの中で感情が動かなくなることに危機感を覚え、「このままじゃ、やばい」と感じたのだという。
「朝、卵焼きがうまく焼けたらちょっと幸せなんですよ」。板倉さんのその言葉に、会場が温かく幸せな空気に包まれる。それは、小さなことのようで、とても大切なことを思い出させてくれる瞬間でもあった。
■ 人生後半からがおもしろい
二人が辿り着いたのは、「あれこれ欲しい欲しいと言うより、今日、持てるものを楽しむ」という感覚だった。
過去を懐かしんだり、将来を不安に思ったりすることはある。それでも「しょうがない」と受け止めて、今日楽しいことを考える。明日の朝ごはんを思い浮かべる。いま目の前にある確かなものを、丁寧に味わう。
イベントの終盤、一田さんは「今日の中から何か持って帰っていただけるものがあったら嬉しい」と語り、会は拍手に包まれて終了した。
がむしゃらに走り続けてきたからこそ、歩を緩めることができる。そして歩を緩めたとき、暮らしの中にあった小さな幸せが、ようやく輪郭を持って立ち上がる。二人の言葉は、人生後半を楽しく生きるための、柔らかくも決して揺らぐことのない、幸せのメッセージである。『最後の答えは、きっと暮らしの中にある。』ーー書籍の中に詰め込まれた幸せを、これからもゆっくりと味わいたい。











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