アニメ放送中『かくりよの宿飯』の新刊は“あやかし視点”の京都が見どころ? 鮎川哲也賞作家の新作にも注目のライト文芸5選

『かくりよの宿飯』ほか注目のライト文芸

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は小児人身売買サスペンスからアニメ放送中の人気作『かくりよの宿飯』の新刊まで、5タイトルをセレクト。

蒼月海里『星空都市リンネの旅路』 (MPエンタテイメント)

 文明が滅んだ終末世界を舞台に、青年二人が繰り広げるポスト・アポカリプスバディSF。

 巨大隕石の衝突により地上が汚され、人類が激減した惑星《エリュシオン》。惑星の低軌道上に浮かぶ星空都市《リンネ》は災害を回避し、独自の文明とコミュニティを発展させていった。時が流れ、星空都市の住人を地上に入植させる計画が浮上する。研究員のリンネと、星空都市に住む唯一の元地上人・キリの二人は、人類が住める土地を捜して《エリュシオン》に降り立った。廃棄鉱山や図書館、海上要塞の跡地などさまざまな場所を調査し、生き残った人類と接触する中で、二人は母星の思いがけない秘密を知ることになり――。

 蒼月作品の特徴である理科的なテイストは本作でも健在で、テクノロジーが発展した近未来的な星空都市や、鉱物で汚染されて荒廃した地上の姿など、独自の世界観を存分に堪能できる。初代市長と同じ名前を持つどこか謎めいたリンネと、かつてリンネに救出され、地獄のような地上から星空都市に移り住んだキリ。異なる出自を持つ二人は、それぞれの特技を活かして冒険を続け、交流が途絶えた星空都市と地上を繋ぐ架け橋となっていく。喪失の中から生まれる希望と未来は、読者の心にも明るい灯をともすだろう。

清水朔『闇の代理人 偸安-TOAN-』(角川文庫)

 『奇譚蒐集録』シリーズを手掛ける著者がおくる、小児人身売買サスペンス。

 時は明治26年、横浜。古堂伯爵家の末っ子の弥郷は、尊敬する兄で廃嫡された秀多郎の復嫡のために、義兄から頼まれた仕事を引き受けた。その依頼は、各地の地震や大火事などの災害をきっかけに、孤児となった子どもたちが次々と行方不明になる事件の調査である。弥郷の相棒に選ばれたのは、秀多郎の語学の家庭教師として幼い頃に三年間共に暮らしていた男・品川吉史。3歳の時から上海で育った吉史は外国語に堪能だが、軽薄でいけ好かない一面があり、弥郷は内心不満を抱きつつも調査に乗り出すのであった。

 弥郷にとって調査はあくまで兄を救うための手段であり、当初は思い入れもないまま、義務的に仕事を続けていた。だが人身売買のおぞましい実態に触れ、攫われた子どもたちに接する中で、義憤にかられていく。一方の吉史は飄々とした男だが、この事件に対してだけはいつにない真剣さを見せていた。それぞれに重い過去の記憶を抱えている弥郷と吉史は、今まさに苦しみの中にいる子どもたちを救い出すべく、暗躍する人身売買組織へと果敢に立ち向かっていく。次第に変化していく弥郷と吉史の関係性、そして二人が挑む緊迫した戦いに胸が熱くなる一作だ。

月原渉『巫女は月夜に殺される』(新潮文庫nex)

 鮎川哲也賞を受賞した『太陽が死んだ夜』をはじめ、数々の作品を手掛けてきた著者による新作ミステリー。

 時は戦後。西日本の端にある鹿毛村は土着の神道が根差した土地で、表の家系としての露の宮と、隠された洞穴の先にある隠れ里と隠れ宮を守る緑野という二つの家系が存在する。

 閉ざされた隠れ宮には、家系を存続するために集められた血の繋がらない姉妹の巫女たちが暮らしていた。近代化の波が押し寄せる中で、隠れ宮の頂点に立つ巫女の花梨は、特別な神事の「神影の儀」を執り行うと宣言した。神事の信託に隠れ里の未来を委ねようとする花梨と、隠れ里にしか居場所がなく、神事を中止させたい巫女たちの緊張感が高まる中、惨劇が起きる。「神影の儀」の最中に花梨が惨殺され、首と右手が生贄のように天井から吊り下げられていたのであった……。

 隠れ宮で暮らす六人の巫女のうち、一体誰が犯人なのか。その謎に挑むのは、ともに巫女修行中の高校生で、うり二つの容姿をした露の宮系の姫菜子と緑野系の環希。この「相似巫女」コンビが探偵役となり、密室殺人事件の真相に迫る。伝承と因習に縛られた歪な隠れ宮と謎めいた巫女たちの姿、そして陰惨な殺人事件から浮かび上がる女たちの絆が悲しくも美しい。

友麻碧『かくりよの宿飯十三 あやかしお宿の社員旅行。』(富士見L文庫)

 10月からテレビアニメ第2期が放送中の人気シリーズの第13弾。

 あやかしを見る能力を持つ葵は、祖父が残した膨大な借金のカタとして異世界に攫われ、隠世にあるお宿“天神屋”の大旦那・鬼神に嫁入りさせられそうになる。だが葵はこれを拒否し、得意の料理で借金を返そうと天神屋で働き始めた。葵の作る料理はあやかしたちの胃袋と心を掴み、鬼神との関係も少しずつ深まっていくのである。

 最新刊は、鬼神と結ばれて天神屋の大女将見習いとなった葵が、大旦那や仲間たちと出かける「現世への社員旅行」を中心に展開する。東京の浅草界隈や京都の伏見稲荷大社ななど、定番の人気観光地があやかし視点から描写されるのはなんとも新鮮で、見慣れた風景が一味違って見えるのが楽しい。

 さまざまなエピソードの中でも、葵を捨てた母親との思いがけない再会は心を抉らずにはいられない。ネグレクトされて死にかけた痛ましい過去は、葵が料理を作り、空腹のあやかしたちに食事を与える原動力となっている。現在の葵が手に入れた幸せと、優しい大旦那の存在に心が救われる思いがした。

 本作の大きな魅力である食べ物描写では、葵が作る手料理に加えて、生ドーナツなどの現世の人気商品も登場する。どんなに辛いことがあっても「美味しい」気持ちが裏切ることはないという葵の信念と、家族となった人間と鬼神の幸せな姿が味わえる一冊だ。

住本優『ペルショワールの花園』(光文社キャラクター文庫)

 『あやかし屋敷のまやかし夫婦』シリーズなどで知られる著者による、横浜山手を舞台にした癒しと再生の物語。

 体調不良で会社を休職中の実咲は、同棲中の彼氏の家から追い出され、お金も住む家もないまま渋谷の路上で途方に暮れていた。そこに偶然、幼馴染の柚子花が通りかかり、住み込みのお手伝いを探している親戚の家を紹介する。二人が訪れたのは、柚子花の従弟で中学三年生の樋川葉澄が一人で暮らす、横浜山手の瀟洒な洋館。イギリス人の祖母を持つ葉澄は、翻訳家としても活躍する大人びた少年だが、学校には通えていない。恋に傷つき誰にも言えない悩みを抱えた実咲は、葉澄の祖母が遺したイングリッシュガーデンの手入れをする中で、少しずつ自分を取り戻していくのだが……。

 人生の壁にぶつかったり心が疲弊した時は、安心できる居場所で心と身体をゆっくり休めることが、何よりの薬となる。実咲にとっては、樋川邸という止まり木に巡り合ったことが、己とあらためて向き合う機会をもたらした。やがて、実咲は自己の回復をはかるだけでなく、葉澄をはじめ悩みを抱えた若者にも手を差し伸べていく。その姿を通じて読者も自然と癒され、前に進む勇気をもらえるだろう。クラシカルな洋館の様子や美味しい食べ物、そして庭園を彩る花々など、細やかに描き込まれたディテールが疲弊した人々の心を優しく包む、あたたかなヒューマンドラマである。

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