直木賞作家・東山彰良、最新作『三毒狩り』インタビュー「これまでにないような蘇生譚を書きたかった」

東山彰良『三毒狩り』で世界を目指す

中国共産党に対する現地のひとの感覚

――あと、『三毒狩り』で印象的なのは犬ですよね。

東山:犬の名前を考えていなくて直前までひらめかなかったんですけど、黒い犬だから皮蛋みたいだなと浮かんで、「ピータン」という響きも可愛いと思ったからこれにしました。

――実際にペットは飼われているんですか。

東山:うちは猫がいます。犬を飼うのは憧れで、飼うならデカい犬がいいんですけど、マンションなのでそうもいかない。

――犬をめぐっては中国の槃瓠(ばんこ)伝説(犬と人の異類婚姻譚)にも触れられていて、作中ではほかにも中国の古典などにところどころ言及されていますが、そういうものはあらかじめメモしておいたんですか。

東山:いろいろ文献に当たったものもありますし、犬に関して中国では言い伝えがたくさんあるんですよ。お化けに憑かれそうになった時、犬がワンワン吠えて助けてくれることもあれば、化け物の正体が犬だということもある。犬にまつわる罵り言葉も凄く多い。ただ、犬には鬼物が見えると言われているというのは文献で知りました。いろいろ調べて物語に必要なピースがどんどん揃っていった感じです。

――地獄の描写も興味深かったです。ここにも閻魔大王は出てきますが、日本と中国の地獄はどれくらい違うんですか。

東山:中国でも閻魔大王が一番有名ですけど、地獄には10人の王がいて7日ごとに裁きをして7人が終わったところで7×7=49なので四十九日が終わる。中国では閻魔大王は10人のうちの1人にすぎないんですけど、日本では閻魔というとやはり地獄の王みたいなイメージがある。そこは日本の方が想像しやすいように書きました。

――その閻魔大王よりも旧くから存在するのが三毒だという。

東山:三毒が「六道輪廻図」の中心に描いてあるのを見るうちに、昔の人はこれを大事ととらえていなければ中心に描かなかっただろうと考えたんです。閻魔大王が天国、地獄の概念が生まれた時からいるとして、人間の怒りや欲望はそれ以前からあるはずだと、僕は判断しました。だから三毒が閻魔大王に先んじて存在していたという設定にしました。

――この小説は、地獄や死者の蘇りが語られる奇想天外な内容である一方、中国の共産党体制や核実験についても書いている。かといって、政治風刺や社会批判に重点を置く感じでもないですよね。

東山:この作品で近代中国に関して書いていることは、中国人であれば常識的に知っていることです。日本の方だと文化大革命は聞いたことがあるかもしれないけど、引き金になった大躍進政策と続く大飢饉は知らない方が多い。実は文化大革命に至る前の時期に数千万人規模で死んだといわれる、人災を含めた大飢饉がありました。僕の意見は特に入れてはいません。国共内戦の際に共産党は理想を高く掲げ、お百姓さんを束ねて国民党と戦い、勝って新中国が成立した。するとやはりいろいろ現実的な問題に直面するわけです。僕は大学院の時、中国経済を勉強したので、ここに書いた歴史的エピソードはよく知るものばかりです。大躍進政策の前に毛沢東がどんどん批判してくれと百花斉放百家争鳴運動のようなことをやったけれど、批判したとたんに弾圧、粛正を始めたとか、そういうことが中国共産党に対する僕の原風景になっているところもある。

 中国を旅していて、僕が台湾からきたとわかると、現地の人は自分たち同士ではいわないことを僕にいったりする。確か北京でしたけど、公園をぶらぶらしていた時におじいさんから「どこから来たんだ」と聞かれ「台湾からきた」というと、「共産党は信じちゃダメだ。朝令暮改だから投資なんか絶対しちゃダメだ」って諄々と説かれました。中国人でもそうとらえているんだという印象です。現地の普通の人の感覚を小説に書きこめたらいいなと思っています。

――作中ではたまに中国語が出てきますし、そこに日本語のルビがあったりしますね(例えば「説曹操曹操到!」という文章に「噂をすれば影だよ」とルビがふられている)。

東山:ここは中国だということを意識して入れました。このやり方は、コーマック・マッカーシーの翻訳小説から学んだんです。スペイン語とかがカタカナ表記でワーッと出てくるけど、我々がわかるように日本語のルビがふってある。僕は中国語はできるので、こういうスタイルは有効だなと思って時々織り交ぜました。

小説で世界をひっくり返したい

――長い小説ですけど、執筆にいき詰まるような時はありませんでしたか。

東山:詰まることはあまりなかったですけど、推敲でシーンを書き足したり削ったり、すごく時間がかかりました。スティーヴン・キングの『小説作法』を僕は作家になる前に読んだんですけど、キングは書いたら引き出しのなかに3、4ヵ月入れておいて、忘れた頃に推敲しろと言っています。その頃は作家でもなんでもなかったから、そんなものかと思っただけでしたけど、自分が作家になってみると確かに有効ですね。一回忘れないと客観的に物語を見られないし、気の利いたことを書いたつもりでも推敲で見返すと、自分でも理解不能で、これってなにがいいたかったんだ? ということがけっこうあるんです。

――『三毒狩り』にはホラー的要素もありますが、ホラー作家キングは好きですか。

東山:じつはさほどでも(笑)。『小説作法』でたしかキングは文章の1、2割を推敲で削ると書いていましたが、僕の考えでは彼はもっと削れる。いらない文章が多すぎるでしょう。逆に僕は推敲すると延びるタイプなので、キングの真似はしちゃいけないなと思っています(笑)。

――今現在『小説すばる』で連載している『ママがロックンロールしてたころ』は、『三毒狩り』とは全然違う現代ものですね。

東山:何も起こらない物語が書きたかったんです。起こるべくして起こることはもう最初にすべて起こっていて、長いエピローグのような小説のつもりで今書いています。

――タイプが違う作品を書いていった方が自分でも面白いんですか。

東山:その時になにかアイデアが訪れたら、吐き出さずにいると気持ちが悪いというだけなんです。今連載しているのは、いろんな音楽にからめて1人の男性の半生を追おうとするもので、それを吐き出さないと気持ち悪いから書いている。べつに『三毒狩り』を書いたら現代にいこうとか、次はまた過去にいこうという発想ではなかった気がします。

――先ほど山東省を訪れた話がありましたけど、旅はお好きですか。

東山:好きです。最近は近くしかいっていなかったんですけど、機会をつくってまたいろいろ足をのばしたいと思っています。そういえば今朝、武田鉄矢さんがテレビに出演していて、どん底の時期に役者を辞めるといったらお母さんが「酒を飲もう。これから縁起のいい話ばかりするぞ。そうすると貧乏神がつまらないといって離れていくから、いいことがあるぞ」といったそうなんです。僕もこれから縁起のいいことしかいわないことにします。僕はこれから『三毒狩り』で世界に出ていきます。世界をひっくり返しますから(笑)。

■書誌情報
『三毒狩り』
著者:東山彰良
価格:上巻 1,980円
   下巻 2,090円
発売日:2025年7月22日
出版社:毎日新聞出版


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