中国の歴史・思想・文化と日本のロボットアニメが融合 注目のSF小説『鋼鉄紅女』の面白さ
霊蛹機(れいようき)と呼ばれるその機体(巨大ロボット)を動かす力の源は、男女ペアのパイロットによる陰と陽の“気”の流れである。霊蛹機が迎え撃つのは、渾沌(フンドゥン)という謎の巨大生物たちだが、たいていの場合、一度の出撃で、女子パイロットのほうが精神的重圧に耐え切れず命を落とす。
シーラン・ジェイ・ジャオの『鋼鉄紅女』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫)は、そんな過酷な世界で、あえて「使い捨て」の女子パイロットに志願したヒロインの成り上がりの物語だ。
名もなき辺境の少女が、世界を変える物語
『鋼鉄紅女』の舞台は、古代中国の陰陽思想と近未来的なハイテクノロジーが共存する架空の世界。いまから約2千年前、宇宙からの侵略者である渾沌の襲撃によって人類文明はほぼ壊滅したのだが、わずかに生き残った者たちは、その渾沌の死骸から巨大な戦闘機械(霊蛹機)を作り出すことに成功した。
主人公の名は、武則天(ウー・ゾーティエン)。貧しい辺境の村で育った彼女は、ある密計を実行するため、前述のように死を覚悟したうえで霊蛹機のパイロットに志願し、合格する。しかし、その目的は物語の開始早々すぐに果たされ、彼女は、自分でも予期しなかった別の“戦い”へと身を投じていくことになるのだった。
もともと高い霊圧(気の流れ)を持っていた則天は、最初の出撃である男子パイロットの精神を圧倒し、殺してしまう。そのことにより彼女は危険な「鉄寡婦」の烙印を押されてしまうのだが、高位の兵法家2人に能力を認められ、あるパイロットとペアを組むという条件で、処罰は免れる。
そのパイロットの名は、李世民(リー・シーミン)。霊蛹機「朱雀」を操る現代最強の兵士だが、親殺しの過去を持つ元死刑囚であるため、周りからは疎まれている存在だ。
物語の中盤以降は、この李世民と、則天の初恋の相手である高易之(ガオ・イージー)を加えた3人を中心に展開していくことになるのだが(当然、そこには三角関係めいた展開も含まれている)、やはり興味深いのは、主人公・武則天のキャラクターだろう。
ヒロインが倒すべき本当の敵とは?
本来は身も心も汚れていない清らかな乙女でありながら、則天は、ダーティなヒロインとして、男尊女卑の世界で成り上がっていく。生まれ育った村でも家でも、そして、いまいる人類解放軍でも、彼女は女であるというだけで理不尽な目に遭い続けてきた。
しかし、則天はしだいにある種の逞しさを身につけていく。それは、まずは、自分以外の女子パイロットたちの命と尊厳を守るために、次に、この狂った世界そのものを変えるために、身につけなければならない強さだった。
そう。先ほど私は、彼女は当初の目的達成後、「別の戦い」に身を投じていくことになると書いたが、それは、あらためていうまでもなく、「男性が支配する現実社会」との戦いのことである。その意味では、彼女が討つべき本当の敵は宇宙からの侵略者などではないのである。
また、則天の傍にいる2人の男性――李世民も高易之も、立場は違えどそれぞれ社会的にはマイノリティの存在であり、そんな2人が彼女を支えることになるのは当然の成り行きだったといえるかもしれない。
中国の歴史・文化×日本のアニメの面白さ
ちなみにこの『鋼鉄紅女』、すでにお気づきの方も少なくないかと思うが、ヒロインの「武則天」(則天武后)をはじめ、出てくるキャラクターの名前のほとんどは、中国の歴史上ないし伝説上の人物の名前からとられている(たとえば、前述の兵法家の1人は、「諸葛亮」という)。むろん、物語との直接的な関係はないため、あまり気にする必要はないともいえるが、もし仮にあなたがかの国の歴史や文化に詳しいようであれば、それぞれ自分の中にあるイメージを重ね合わせて読んでみると面白いだろう。
そしてもう1つ。これまた多くの方が気づいていることだろうが、本作に多大な影響を与えているのは、日本のロボットアニメの数々である。とりわけTRIGGER・A-1 Pictures制作の『ダーリン・イン・ザ・フランキス』(こちらの作品でも、男女ペアのパイロットが巨大ロボットを動かす)からの影響は、巻末に収録されている作者による「謝辞」にも書かれている通りだ。
なお、本作の続編『Heavenly Tyrant』が、2024年に出版予定とのこと。伝説の女帝と同じ名を持つ強く美しい少女の新たな戦いに、期待したいと思う。