都築響一、大谷亨『中国の死神』になぜ注目?「中国で最も面白い、地方と庶民のカルチャーを顕在化した」
長い舌を垂らし、長い帽子をかぶった異様な姿の「無常」。中国各地に祀られている、魂を連れ去る死神だ。この特異な対象を研究しているのが若手民俗学者の大谷亨氏で、この度上梓し話題となっているのが『中国の死神』(青弓社)だ。本の内容は、学術書や研究書というより、旅行記のような軽快さがあり、無常だけではなく、中国のカルチャー全般を知ることができるのも本書の魅力だ。そんな『中国の死神』の著者である大谷氏について「あまり研究対象にされていなかったのに最も魅力的だった中国の庶民と地方のカルチャーを等身大の視点で顕在化した」と評するのが、都築響一氏だ。
伝説的編集者であり、写真家、ジャーナリストとしても知られる都築氏が語る大谷氏とその著書である『中国の死神』の魅力とは? 日本では報じられらない中国の地方のカオスでリアルなカルチャーの面白さが浮かび上がる。
死神の向こうにホンモノの中国が見える
――都築さんは大谷亨さんをよくご存じのようですが、どのようないきさつで知り合ったのですか。
都築:大谷さんはX(旧Twitter)で「無常くん」という名で活動しているんですが、そこには中国版TikTokの面白い動画が貼られていて、そのファンだったんです。そしたら、たまたま共通の知り合いがいて、僕がメールマガジンでやっている個人雑誌『ROADSIDERS' weekly』に掲載するため、インタビューを申し込んだのです。
――はじめにどんなお話をされたのでしょうか。
都築:祭の振る舞い食事ではなく、無常くんがこれまでXにあげていた、中国庶民の食事風景動画がすごくおもしろかった、という話をしました。
――神様やお祭りのその周辺の人やカルチャーに興味があったと。
都築:今の中国って、大国化した政治や経済ばかりがニュースになる。官製中国ですよね。そこからは、中国の庶民の姿がまったく見えてこないんです。
――たしかに日本にいると、中国のナショナルな部分ばかりが流れてきます。中華料理の国のイメージではない。
都築:だから無常くんに色々と聞いてみたくなったんです。視線というのかな、どうして、そう見るの? という部分。
――無常くんである、大谷さんの視点は違いましたか?
都築:ふつうに中国が好きなひとなんだと思っていたんです。でも、バックボーンを聞くと、彼のお父さんも中国の研究者だった。ある意味、エリートで本格派。
――単なる中国好きではない?
都築:中国好きは、いっぱいいますよね。でも、それは歴史とか、政治とかのアカデミックな人ばかり。無常くんみたいに、地方の庶民生活を見ていない方が多い。
――たしかに、歴史とか、政治とか、軍事、経済とか、そういうものを通して、中国を見ようとしている気はします。
都築:学者が見せてくれるのは自分の研究分野のフィールドワークの成果です。でも、無常くん、つまり、大谷さんは、それ以外のことを、見せてくれるんです。ネガティブな要素も多いのが中国だけど、今の日本の見方では、本物が見えない。
――そこに都築さんは、シンパシーを感じた?
都築:僕がやってきたことに近いと思いました。「庶民文化の面白さ」を顕在化したい。バカにしているんじゃなくて、日常のなかにある生活の豊かさを見せたいという視点があるように思いました。
――大谷さんの見方とは?
都築:TikTokでバズる動画は多々あるけど、どれも上から目線で面白いことを伝えてくるんです。でも、無常くんのは違うんですね。ちゃんと相手と同じ高さ、場合によっては下からさえ見ている。そこに僕は共感しました。
――本の書きっぷりにも共通していますね。
都築:中国の文学研究フィールドからは浮いてる存在だと思います。大学にこもってるタイプではない。実際に会ってみるとアカデミズムがある人なんだけど、アティテュードっていうのかな、身構え方がいい。
先行研究がないのは、学者が庶民の生活なんか見ていないから
都築:だいたい、この本って学術書らしい引用が少ないですよね。
――たしかにそうですね。古典の引用はあるけど、研究書のものは少ないです。
都築:それってつまり、先行研究がないということ。中国の地元の人が興味や関心を持たなかったテーマなんです。でも、少し離れた人の方が、よく見えてるものってあるじゃないですか。
――中国庶民のガチャガチャした風習ですからね。
都築:でも、無常くんは「野蛮な風習だ!」と決めつけたりはしない。あちこちに無常がいっぱい祀られているのをゴリゴリの研究者は無視してきたのに、彼はそこに目をつけています。
――たしかに、都築さんも一般人の生活を取材されています。
都築:たとえば、日本に一番多い飲み屋はカラオケスナックです。コロナ前の数字だけど、12万くらいのお店があったんです。コンビニが8万とかだから、圧倒的な数。小ぎれいな店はなくても、スナックがない村はめったにない。でも、そんなの誰も取り上げないですよね。
――わざわざ研究も取材もしないでしょうね。
都築:ネットの飲食店情報にも載らないことが多いんです。一見さんなんか相手にしてない。つまり来なくてもいいんですよね(笑)。地元の人だけでやっていけてる強さがあります。
――関係ない人がいると、歌いにくいですもんね。
都築:そう考えると、仕事終わって居酒屋で一杯やって、その後にカラオケスナックに行くというのは、マジョリティ。日本の9割は地方人ですから。ほとんどがその文化圏にいることになるけれど、メディアは取り上げないですよね。
――うまい店は取り上げても、カラオケスナックはないですね。アタリメと安い酒の世界ですから。
都築:でも、それでは視野が狭いんです。東京のメディアが垂れ流している情報の方が、実はいかにマイナーであるか。普通の人たちにとって、シングルモルトウイスキーの銘柄を知らないことが問題なのかと。
――焼酎甲類を何で割るかの方がカラオケスナックでは大事でしょうね。
都築:そういうこと。東京が発信する情報は、日本全体を代表するものではないっていうことです。そういうのを、僕は壊していきたいんです。
――大谷さんの中国のとらえ方は、そこに通じる?
都築:メディアの伝える中国の情報って、経済と政治体制と、後は上海や北京のオシャレなトレンドくらい。コロナの前まで、僕は中国によく行っていたけど、こんなに近いのに伝わらないんだと思っていた。たとえば、TikTokには2種類あって、海外から見えるものはあっちでふるいにかけられたもの。本当に中国の人が楽しんでいるものは見られない。
――外向きの情報は管理されているんですね。
都築:ただし、ひと手間かけると見えるんです。実はかんたんなんだけど、その情報をちゃんと発信できるメディアはない。