『薬屋のひとりごと』アニメと原作の見せ方はどう違う? シナリオ集からわかる製作陣の意図

『薬屋のひとりごと』アニメと原作の違い

 日向夏のライトノベルを原作にしたTVアニメ『薬屋のひとりごと』の第2期が7月4日放送の第48話「はじまり」で完結。原作の第3巻と第4巻を24話かけてじっくり描いてファンを喜ばせた。5月30日に刊行となった『薬屋のひとりごと16 アニメ第1期シナリオ集付き限定特装版』(ヒーロー文庫)には第1期24話分のシナリオ集がついていて、濃密な原作をどのようにして緻密な映像へと変えていったかが分かる。

原作では描かれていなかった楼蘭の”微笑み”

 6月27日放送のTVアニメ『薬屋のひとりごと』第47話「子の一族」は、猫猫をさらった子の一族の砦に攻め込んだ壬氏が、反乱を起こそうとしていた子昌と対峙し、原因を作った妻の神美と向き合う中で楼蘭妃が経緯を語る、第2期全体のタネ明かしのようなエピソードだった。楼蘭を演じた瀬戸麻沙美の淡々とした声に引き込まれ、雪が降る砦で舞う楼蘭の美しさに目を奪われ、気がつくと終わっていた。

 このエピソード、実は原作では第4巻の「二十一話 事の始まり」」の37ページ分に過ぎない。第46話「禁軍」が、原作の「第十八話 飛発」の一部と「第十九話 行軍」「第二十話 奇襲作戦」をまとめたものだったことと比べると、どれだけじっくりと状況を描いたものだったかが分かるだろう。若かった子昌が後宮の拡張を進言し、一族の繁栄と自身の神美への思いを同時に充たそうとする切れ者ぶりを見せる場面を加え、何が一連の事件の根底にあったのかを分からせた。

 そして何より、子翠として登場し楼蘭だと分かった少女の猫猫にも負けないヒロインぶりを際立たせるエピソードだった。本編にエンドロールが重なる下で、救助されて眠る姿を描いた以外は主人公の猫猫を登場させず、楼蘭の語りとそれを聞く壬氏や神美の描写でほとんどの時間を使ってみせた。

 その描写も、行間を読むように緻密だった。母親の神美に飛発(拳銃)を向けられた楼蘭が、原作で「だってお母さま、まるで小物だもの」と挑発するシーン。原作には描写のない楼蘭の表情を、アニメでは目を伏せた楼蘭が顔を上げ、首をかしげて微笑みながら見下すような目をするように描いて、見る人をゾクリとさせた。

 それでいて、壬氏にメモ書きのようなものを渡して頼み事をする時の楼蘭は、冷静で理知的な表情で恐ろしさは感じさせない。深い考えの下に行動していたと分かり、壬氏がその顔に傷をつけられても仕方がないと思わせる強さを漂わせていた。そこから繋がる砦の上で舞う楼蘭の描写も、原作を踏まえつつ歌をバックに流すことで長めに見せ、「楼蘭は歪んだ顔を笑みへと戻す」という原作の描写まできっちりと描いて、「世紀の悪女の一世一代の舞台」だったことを印象づけた。

 原作には、配下の馬閃が「捕まえろ」と部下たちをけしかけることを壬氏が「疎ましく思」い、「楽しみにしていた物語の最後を読み終える前に、終わりをばらされた気分だった」と書いてあって、楼蘭の心情をそこまで汲んでいたことを伺える。TVアニメから見始めた人も、原作を読めばより深く登場人物たちの心情に触れられる。

シナリオ集からわかる原作からアニメへの変遷

 こうした原作は原作でアニメはアニメといった表現の工夫は、どのように行われているのか。『薬屋のひとりごと16 アニメ第1期シナリオ集付き限定特装版』に入っているシナリオ集には、脚本を手がけた柿原優子、千葉美鈴、小川ひとみ、綾奈ゆにこの4人がそれぞれにコメントを出していて、シナリオ化にあたって工夫したことに触れている。

 柿原は、作品個別というより原作物のシナリオを書く場合、「原作との違いに気づかれず、アニメとして面白くなっていることを目指しています」とのこと。そんな柿原の担当回には、第19話「偶然か必然か」があって、祭事で何か起こると予感した猫猫が、祭場に入ろうとして武官を挑発して殴られる衝撃の場面が登場する。原作の第2巻「第十二話 中祀」では、「耳の横を殴打」されて鼻血が出た程度だった猫猫の状態が、シナリオでは「殴られた顔や耳がはれ上がって、意識がもうろうとしている様子」になっている。アニメはさらに凄まじく、相当な衝撃だったことが見て取れる。

 直後、猫猫の後ろから「では、私の言ならどうだい?」と声がかかって、羅漢が近寄ってくる。羅漢は「それにしても、年若い娘を殴るとはどういうことだろうね。怪我をしているじゃないか」と言うが、原作では「おどけた口調の中に、冷たいとげが混じる」とあった描写を、シナリオは「ひょうひょうとおどけた口調を続けながら、冷たい目で武官を見る」と変え、胡散臭い中年男だった羅漢が豹変する様を見せつける。

 実際のアニメはさらに、「怪我をしているじゃないか」というセリフにカットを割って凄まじい表情を載せ、羅漢のただ者では無い様をくっきりと浮かび上がらせる。一方で、原作やシナリオにはあった「誰がやったんだい」という部分は削って豹変を一瞬に止め、緊張感を際立たせるように演出している。

 アニメの場合、シナリオから絵コンテを経て作画・演出・編集へと至る過程や、途中のアフレコの最中にも変更が行われるため、シナリオどおりとも限らない場合が出てくる。原作がどうシナリオとなり、それがアニメではどうなっているかを確かめる楽しみが、シナリオ集の登場で可能になった。

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