『一次元の挿し木』なぜ記録的ロングセラーに? 途方もないスケールの謎を示す“科学ミステリ”としての魅力

松下龍之介『一次元の挿し木』(宝島社文庫)の勢いが止まらない。
同書は第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリを受賞した新人デビュー作だ。『このミス』大賞は大賞と文庫グランプリを設けており、受賞作を文庫オリジナル作品として刊行している。『一次元の挿し木』も文庫オリジナルで2025年2月に発売されたのだが、2026年現在では電子版を含む発行部数が75万部を突破したという。これまでも宝島社では文庫オリジナルのヒット作品は多かったが、新人のデビュー作としては異例とも言える売れ行きではないだろうか。また、2026年7月からは読売テレビ・日本テレビ系にて連続テレビドラマが放送を開始している。主演は山田涼介で、撮影現場に作者の松下が訪問したことが話題になるなど、今夏の連続ドラマにおける注目作になっている。今回のドラマ放映に合わせて各書店での店頭展開も一層力が入っている様子で、原作本の売れ行きは今後さらに伸びていくのではないかと思われる。
『一次元の挿し木』で主人公を務めるのは大学院で遺伝人類学を学ぶ七瀬悠という青年だ。悠は母の再婚相手の連れ子である紫陽という義理の妹がいたのだが、四年前の豪雨の日に失踪していた。ある日、悠は指導教官の石見崎教授から、ある古人骨のDNA鑑定を依頼される。それはインドのヒマラヤ山脈にあるループクンド湖という場所から発掘された古人骨で、インド側の年代測定では二百年以上前に亡くなった少女のものであるという。ループクンド湖からは八百体近くの遺骨が発見されており、石見崎が言うには地元の人間は「その湖の骨を持ち去った人間はみんな呪われてしまう」と話していたという。石見崎からの依頼を受けてDNA鑑定を行ったところ、すでにデータベースに登録済みのDNA情報と100パーセントの一致を見る結果となった。一致したDNA情報を確認した瞬間、悠の全身に悪寒が走る。そのDNAは四年前に失踪した悠の義妹、紫陽のものだった。
古人骨のDNA鑑定という科学的なアプローチから謎が提示される点で、『一次元の挿し木』は“科学ミステリ”というカテゴリで評価されている向きもあるようだ。科学的な見地をスリラー小説に盛り込み、読者の興味を掻き立てる作品はこれまでも数多く書かれてきた。海外の作家で言えば、例えばマイケル・クライトンなどはその代表格だろう。映画『ジュラシック・パーク』の原作者であり、医療ドラマの金字塔と呼ばれる『ER緊急救命室』の製作総指揮を務めたことでも知られるクライトンは、早期から科学の知識を取り入れたスリラー小説を手掛けていた。日本における“科学ミステリ”の書き手と言えば、北川歩美の名前を思い出すミステリファンもいるだろう。北川作品には医学的見地を基にしたミステリも多いが、近年では山口未桜がデビュー作『禁忌の子』(東京創元社)で「自分と瓜二つの死体に救命救急医が遭遇する」という謎を書いており、“科学ミステリ”の興趣も含めた医学ミステリとしても注目に値する。
このような“科学ミステリ”と比べた時に、『一次元の挿し木』はどのような特長を持っているのか。まず1つに挙げられるのは冒頭に提示される謎が途方もないスケールを持っていることだろう。つい4年前まで一緒に過ごしていた義妹と、二百年以上前に死んだ少女の人骨が完全に同じDNAを持つ、という雄大な謎が物語の序盤に出てきて読者の心をいきなり掴むのである。『一次元の挿し木』はスリラーの興趣が強い作品ではあるが、敢えて謎解き小説のような楽しみ方をするのであれば、「そこにどのような理屈を付ければ、説得力のある解決が出来るのだろうか?」という関心で読者は頁を捲り続けるはずだ。とにかく『一次元の挿し木』は、時間的なスケールが大きい謎が第一の魅力である。
もちろん魅力的な謎を描くだけでは良いスリラー小説は書けない。『一次元の挿し木』が優れているのは、悠以外の複数の視点を切り替えて断片的な場面を描き、「一体何が起こっているのか?」という不穏な雰囲気を煽るところだ。この不穏さは物語が終盤に入ってからも途切れることは無く、最後まで読者を翻弄しようとする姿勢を作者は決して崩さない。謎の創出だけで満足せず、スリラーとして徹頭徹尾、読者を振り回して楽しませようとする点こそが『一次元の挿し木』が幅広く読者に支持された理由だろう。スリラーとしてのフックの作り込みに着目してもらいたい。
■書誌情報
『一次元の挿し木』
著者:松下龍之介
価格:900円
発売日:2025年2月5日
出版社:宝島社

























