『名探偵コナン』に始まりエラリー・クイーンへ 『無気力探偵』でデビューから10年、楠谷佑が自身のミステリ原体験を語る

霧島智鶴は高校生ながら天才的な推理能力の持ち主だ。だが彼は、過去のある出来事が原因で人並み外れて無気力な人間になっていた。面倒な事件には関わりたくない、できれば早く家に帰りたい――『無気力探偵 ~面倒な事件、お断り~』は楠谷佑が高校時代に〈小説家になろう〉に連載した作品を原型とするミステリー小説だ。2016年に「マイナビ出版ファン文庫」から刊行された作品が、単行本として復刊することが決まった。9年ぶりにお色直しをするデビュー作を前に、作家は何を思うのか。
デビューからの約10年を振り返って
——楠谷佑(くすたにたすく)さんというお名前はたぶん筆名ですよね。
楠谷佑(以下、楠谷):はい、ペンネームです。上から読んでも下から読んでも同じ回文で思いついたので、そのまま使っています。高校生のときにweb小説の投稿サイトに投稿した時から今まで、仕事ではずっとこの名前ですね。
——いいお名前だと思います。このたびデビュー作の『無気力探偵』が「マイナビ出版ファン文庫」から単行本に改まって刊行されることになりました。デビュー作をお色直しというのは、どんな作家さんにも来るチャンスじゃないと思いますが、改めて10代の頃の文章をご覧になって、どんな感慨を覚えましたか。

楠谷:私はまだキャリアはそんなに長いわけではないので、そんなに達者になっているという実感はないんですけれども、読み返してみると若いというか、今の自分でも気付けるくらいの粗はありました。そこを満足がいくように直せたので良かったと感じています。
——直されたのはどういう部分ですか。
楠谷:主に文章表現です。ミステリの骨格に関わるような部分、例えばロジックであるとか、手掛かりの出し方みたいなところは大きくは変えませんでしたが、各章にエピソードをちょっと足しています。一章では、事件が解決して犯人が連行される場面があるんですけれど、そこで犯人以外の容疑者の二人が犯人に声をかける場面を付け加えています。今の自分の感覚からすると、もうちょっと物語としての丁寧さが必要だろうと思ったので、事件が解決した後に関係者が救われるというか、少し明るいものを見せて話を閉じたいと思ったので、小説としてのフォローを入れたということですね。
——逆に削ったところはありますか。
楠谷:エピソード単位で削ったというよりは、少し繊細さを欠くような表現を修正しています。わずか十年足らずではありますが社会の価値観は変化してきているので。2016年の自分がよかれと思って書いた部分でも思慮が足りないなと感じられるところは表現を差し替えるようにしています。
『無気力探偵』は中学生のときに書いたアイデアも活かして出来上がっていった
——『無気力探偵』は当時高校生だった楠谷さんが「小説家になろう」に投稿したものが原型だと伺っています。何年生のときに書かれたのですか。
楠谷:高校2年生のときでした。中学生のころからノートパソコンを使っていて、最初は短篇を書いていたのですが、高校生になって文芸部に所属しましたので、部誌にも作品を載せていました。長篇を完成させるには小説家的な体力が必要だということは当時も感じていました。中学生のときに長篇を書きかけて挫折したっていうことがありましたので。
——量はどのぐらい書けたのですか。
楠谷:クローズドサークルもので、原稿用紙換算で150枚を過ぎていたんですけれども、まだ事件を起こせなくて。これ、つまんないかもな、って思ってボツにしちゃったんです。
——舞台設定を作っていくところで終わってしまったんですね。霧島智鶴という主人公を配した『無気力探偵』の連作はどのように始めたか覚えていらっしゃいますか。
楠谷:もうけっこう遠い記憶ではあるんですけれどもキャラクター先行で、主人公ができてとりあえず始めたというのが近いと思います。

——霧島智鶴は題名通り無気力で、したくないけど探偵を仕方なくやっているというキャラクターです。彼はどんな風に思いついたのでしょうか。
楠谷:主人公だけではなくて、周辺のキャラクターも同時に構想して、スマートフォンのメモ帳に書き留めていきました。一話完結型のミステリをたくさん書けるフォーマットとして、こんなキャラがいたら楽しいかな、みたいな感じに考えていったんです。タイトルは最初から『無気力探偵』でした。タイトルと主人公がセットでできて、これで様になるかな、と感じました。
——単行本は全2巻となりますが、5月に刊行される第1巻の一章から五章までは「小説家になろう」に投稿した順番そのままですか。
楠谷:順番の入れ替えはないんですが、「小説家になろう」には投稿したけれど本にはしなかった話がいくつかあります。2巻に収録するものも含めて全部で1ダースくらいの話がありました。その中から当時の編集者さんに選んでもらっています。
——第一章は「ダイイングメッセージはいつの時代もY」という題名でわかるように、ダイイングメッセージがメイントリックです。各章それぞれで違った種類のトリックが使われていますが、ダイイングメッセージものから始められたのはなぜなのでしょうか。
楠谷:アイデアがあったというのが大きいですね。自分が中学生のときに書いた第1作が同じアイデアのものだったんです。それがまずあって、ダイイングメッセージだけだとミステリとしては心もとないので、他のロジックを付け足していきました。ダイイングメッセージは解ければ犯人指摘に直結するので、取っかかりとしては非常にやりやすいアイデアでした。
——中学生でお書きになったときは、アイデアはあったのでしょうが現在のものとは違う形だったと思います。中学時代の短篇からこの『無気力探偵』のバージョンに持っていったときに、自分でも進化したという感じはありましたか。
楠谷:そうですね。かなり変わりましたね。元の話は安楽椅子探偵もので、全編会話劇でした。
——キャラクターの動きはあまりなかったわけですね。第二章の「割に合わない壺のすり替え」は、そういう意味ではキャラクターの出入りなど動きが多い話です。盗難事件ではじまりますが、途中で傷害事件に移行して犯人探しの質が変わります。これはダイイングメッセージのようなシンプルな決め手のない、手がかりから推理を重ねていかないといけないロジック主体のフーダニットになっていますよね。第一章よりも手が込んでいて大変だったはずですが、これを2番目に書かれたんですね。
楠谷:そうです。web版を文庫にするときと、今回単行本化したとき、2度の作業でもいちばん変わっていないのが、実はこの第二章なんです。今回の作業では視点のブレなどを修正したんですが、それ以外はもう書いたままです。ロジックの組み立てに関しては当時夢中になって書いていて、苦労したというよりは楽しかったことを覚えています。

——犯人指摘のロジックってコツを掴むのが大変だと思います。プロでもそうだと思いますが、まして当時はサイトに投稿し始めたばかりだったわけですから。
楠谷:ロジック作りには今でもルーティーンというか、正攻法がないんですけど、この第二章に関しては、まず犯人を決めて、この人が犯人になるなら周りの容疑者をどうやって落としていこうか、という逆算で書いていったと記憶しています。
——なるほど、消去法ですね。第三章の「限りなく無意味に近い誘拐」は、誘拐事件から始まって意外な展開があり、最終的には犯人当てになります。ここで誘拐を持ってきたのはなぜですか。
楠谷:これもアイデア先行です。思いついた中から、書けそうな順で作品にしていきました。この3話目に関しては犯人指摘のロジックが先にあって、それを成立させるために状況設定を逆算で作っていきました。
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