「作家さんが挑戦できるレーベルにしたい」 新創刊の文芸レーベル「MPエンタテイメント」野口俊樹が語る編集者の役目

MPエンタテイメント・野口俊樹インタビュー

 マイナビ出版より新たな文芸レーベル「MPエンタテイメント」が2025年5月19日に創刊された。発表されたラインナップには楠谷佑や蒼月海里ら実力派の俊英が名を連ねているほか、廉価で手に取りやすい文庫サイズではなく四六版の単行本サイズで刊行していくことからもレーベルの強い意志が伝わってくる。

 創刊に際して、リアルサウンドブックでは編集部の野口俊樹氏にインタビュー。創刊にかける想い、物語が持つ不変の可能性について語ってもらった。

目指すは「『MPエンタテイメント』から出ているのであればおもしろいに違いない」

――「じぶん時間に、いつもと違う刺激と楽しみを」をコンセプトに創刊された、文芸書レーベル「MPエンタテイメント」。編集部は、野口さんおひとりで運営されているそうですね。

野口:もともと私は、入社してから6年半ほど、電子書籍の販売や翻訳業務を担当していて、編集者としての経験はなかったんですよ。ただ、小説を読むことはずっと好きで、社内チャットでたびたび、おすすめの小説を紹介し続けていたら、昨年の10月、社長からじきじきに「文芸レーベルを立ち上げるから担当してくれないか」とお話をいただきまして……。

――大抜擢ですね!

野口:その時点では、弊社のファン文庫から2016年に刊行された楠谷佑さんの『無気力探偵』シリーズを改めて単行本化するということしか決まっていなかった。それ以外のラインナップは、この半年で必死に作家さんたちにお声がけしながら、かためていった次第です。もともとライターの仕事をしていたり、ネット上で業界の方々と繋がっていたりもしたので、使える伝手はすべて使って、どうにか創刊にこぎつけました。

マイナビ出版にはやや女性向けのライト文芸レーベル「ファン文庫」があるが、「MPエンタテイメント」では様々なジャンルを扱いながら、ジャンルにはとらわれないおもしろさと出会えるレーベルを目指すという。

――創刊ラインナップやコンセプトを拝見していると、ミステリ色はやや強いものの幅広くエンタメを発信していこうとされているのかな、と感じます。そのなかで、野口さんが「こういうレーベルにしたい」と核に抱いているものはありますか。

野口:いちばんは、私自身が読みたいものをと思っていて、ミステリが多いように感じられるのも、学生のころはミステリ研究会やSF・ミステリ・ファンタジーなどを扱う総合文芸サークルに所属していた経験であったり、「メフィスト賞」受賞作をすべて読んでいる、という個人的な嗜好であったりが出ているからだと思うのですが(笑)。たとえば私にとっての「メフィスト賞」といったくくりのように、レーベルそのものに信頼性が生まれると、まだあまり世に知られていない作家さんの小説も、売り出しやすくなると思うんですよ。「MPエンタテイメント」から出ているのであればきっとおもしろいに違いない、自分の好みに近いものが楽しめるだろう、と思ってもらえる。時間はかかりますが、そんなふうに思ってもらえるレーベルをめざしたいと思っています。

野口氏が考える「編集者の役目」

――文庫や新書ではなく、単行本でそういったレーベルを創刊するのは珍しいですよね。

野口:そうですね。単行本を出すのが社長の悲願だった、というのがいちばんの理由ではありますが、単行本でないと届かない読者層というのがあると、私も思っているんですよ。たとえば7月に新作の刊行を予定している水鏡月聖さんの代表作である『僕らは『読み』を間違える』(スニーカー文庫)は、「このライトノベルがすごい!2024」で新作5位(総合7位)にランクインするほど注目も評価もされている作品ですが、ふだんラノベを読まない読者の方にはおそらく知られていない。でも、誰もが知っている古典文学を新しい視点で解釈しなおしながら、高校生の青春を描き出していくこの作品は、もっと広く「本好き」のもとに届いてもいいはずだと思うんですよね。

――文庫と単行本では売り場がちがいますし、レーベルの信頼性が、逆に読者層を狭めてしまうことはありますよね。

野口:そうなんです。もちろん、そのレーベルで書く意味、というのもあるとは思うのですが、水鏡月聖という作家の名を、その作品のおもしろさを、より広く伝えていくために「MPエンタテイメント」でご執筆いただきたいと思いました。入れ子構造のある、いわゆる作中作ミステリで、かつ青春小説という、かなり気合の入った作品になる予定なので、楽しみにしていただければと思います。

今後刊行を予定している作品について確かな手応えを語ってくれた。

――あえてジャンル不問、エンタメと大きな括りにすることで、作家さん自身も制約のない自由な執筆ができそうです。

野口:まさしく、作家さんが挑戦できるレーベルにしたい、そして活躍の場を広げる足掛かりにしていただきたい、というのも私が念頭に置いていることです。蒼月海里さんは、『幽落町おばけ駄菓子屋』シリーズをはじめ、怪談や幻想怪奇系の小説が人気ですが、改めてSF小説に挑戦してみたいというお話をうかがっていたので、今回は、終末世界をテーマにした小説をご執筆いただくことになりました。惑星の低軌道上都市に住むふたりが文明が滅んだ星を調査しながら人々と、そして大きなものと出会う物語です。

 SFには難解というイメージを抱く方も多いとは思いますが、仮にミステリが構造の文学だとすれば、SFは題材の文学。世界の、母星の終わりに直面した人々がなにを想うのか、どんな行動をとるのか、なにと出会うのか。そこに描かれる作家ならではの個性に惹かれる方は少なくないはず。コアなジャンルや題材だったとしても、より広い層に届けるための切り口をご提案していくこともまた、私の役目だと思っています。

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