夢枕獏『キマイラ』シリーズは本当に完結したのか? 『聖獣変』に描かれなかった物語への期待

夢枕獏『キマイラ』シリーズは本当に完結?

 夢枕獏による青春伝奇小説の金字塔、「キマイラ」シリーズの完結編となる『キマイラ聖獣変』(ソノラマノベルス)が刊行された。1982年から紡がれ続けている物語の途中をいったん飛ばし、ラストシーンを先に見せたものだが、気になるのは主人公の大鳳吼やライバルの九鬼零一、友人の九十九三蔵といった登場人物たちの行く末であり、人間の中でうごめく力をめぐる物語の帰結。完結編でどうなったのか? シリーズはこれからどうなるのか?

『幻獣少年キマイラ』

 己の中の獣が目覚めて暴れ出すとうそぶいて、中二病だねと突っ込む人はいなかった。チャクラを回して強くなるぜと叫んでも、『NARUTO -ナルト-』のマネかと笑う人もいなかった。1982年に、今で言うライトノベル・レーベルのソノラマ文庫から登場した夢枕獏『幻獣少年キマイラ』から始まるシリーズを読んだ青少年が受けた影響の数々。自分を取るに足らない存在だと思いたくない思春期特有の心情を誘われ、物語の世界へと引きずり込まれる読者を大勢生み出した。

 主人公の大鳳吼は、自分の中に蠢く獣が暴れ出してしまったことから、戦いに巻き込まれ追われる身となってしまう。さまよう中で様々な出会いをし、自分を鍛え親しい人を守ろうとして運命に立ち向かっていく。体内にあるチャクラなるものを回すことで、体の奥でうごめく力を制御しようとする行為は、眼帯であふれ出る力を抑えようとする中二病的シチュエーションの先駆と言えるだろう。

 こうした、多感な世代にとって必要とされる物語を提供したことが、43年経った今も「キマイラ」シリーズが支持され続ける理由だろう。

 中国武術や空手といった格闘技に関する詳しくて迫力たっぷりの描写も、カンフー映画や空手漫画、プロレスブームの浸透で格闘技に興味を持つようになっていた世代を引きつけた。そうした設定面の様々な要素の上で物語を繰り広げる登場人物たちが、誰も突き抜けた存在感を放っていたことも、「キマイラ」シリーズがファンを引きつけて放さなかった理由だ。

 内なる獣の暴走に悩み迷い、救いを求めて彷徨いながら時に運命的な出会いをし、時に激しい戦いを経ながら成長していく大鳳は、男子には自分の分身として映り女子には守ってあげたい少年として映った。

 その大鳳とライバル関係にあって、圧倒的な支配力を持つ九鬼零一も、やがて大鳳と同じキマイラ化という問題に直面し、彼なりの道を進もうとあがく。頂点からどん底へと叩き込まれるようなギャップの中で、情念を滾らせる九鬼の生き様に、大鳳よりも主人公感を覚える人もいた。だからこそ大鳳とのライバル関係がどのような決着を迎えるのかが興味を誘い、現在へと至る。

『闇狩り師』

 夢枕獏による伝奇小説『闇狩り師』の主人公、九十九乱造の弟で乱造と同じ長身巨躯の肉体を持つ九十九三蔵がいて、その三蔵と死闘を演じる美貌の格闘家、龍王院弘がいて龍王院の師匠でどれだけ卑怯な手段でも勝つためには平気で繰り出す宇名月典善という流浪の格闘家もいる。次から次へと現れる凄腕の男たちによる戦いは、板垣恵介の漫画「刃牙」シリーズに例えられそうな迫力に溢れている。

 菊地良二という、ザコに見えた少年が勝ちたいという思いから典善の下で激しい修行を耐え抜き、頭角を現していく姿には、好きになれなくても気にせざるを得ない存在感を抱かされた。そうした登場人物たちによるバトルが、一瞬一瞬の技の動きからその時の心情までを細かく描写する夢枕獏の筆によって表されて、読者の心をぐいぐいと引きつけた。

『キマイラ 魔宮変』

 ソノラマ文庫から刊行され始めたシリーズのイラストが、ゲーム『ファイナルファンタジー』のキャラクターデザインで有名になる天野喜孝だったことも、登場人物たちの美しさや猛々しさを感じさせて関心を誘った。2008年にソノラマノベルスで改めて刊行されるようになってからは、寺田克也のイラストが登場人物たちの情念がふくらみ弾ける雰囲気を感じさせて、読者の心を食らった。

 以後、大鳳や九鬼や三蔵を軸に、大鳳にとってミューズとも言える織部深雪も絡めて『魔宮変』まで紡がれた物語は、拉致された深雪の救出という一大クライマックスを目前にして『呪殺変』へと続くことになった。無事に事態は収まるのか? 完結編の『聖獣変』で何か答えが出されるのか? そんなドキドキ感を抱いて開いた『聖獣変』で読者は驚きを味わうことになる。

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