立花もも新刊レビュー 三浦しをんの傑作から歴史ミステリーまで……今読むべき3選
柳広司『パンとペンの事件簿』(幻冬舎)
僕らはペンを以ってパンを求めることを明言する、と堺利彦は言った。生きるために必要な「パン」を「ペン」、つまり文章を書くことで稼ぐ。それが明治時代、堺利彦が設立した「売文社」のなりたちである。本作は、暴漢に襲われたところを、堺利彦とその娘に助けられ、売文社の手伝いをすることになった主人公の「ぼく」が見つめる、明治の「社会主義者」たちの姿である。
日本史にだいぶ無知なので「堺利彦……なんか聞いたことがあるけど、よくありそうな名前だしな……」とうっかりフィクションだと思い込んでしまい、第二話で大杉栄が登場してようやく「あ! 史実だった!」と気がついた。なので、歴史にはあんまりなじみがない、という人も安心してほしい。読んでいるうちに歴史を学べはするけれど、シンプルに、個性豊かでアクの強い売文社の面々が遭遇する、ちょっとした謎を解き明かしていく、ミステリー短編集として、抜群におもしろいことを保証する。
当時、世間から白眼視されていた社会主義者たちの居場所をつくるという目的もあった売文社は、食い扶持以上の儲けは求めないのがモットーで、どんな依頼も面倒くさがらずに引き受けてくれる。〈困っている人がいれば助ける。それが社会主義ってものでしょ〉と、堺の娘が言うのにはハッとさせられたのは、思想というのはそもそも、よりよい社会を願う人たちから生まれるものだよなあ、と当たり前のことに気づいたから。もちろんその思想が権力を持つ側にとって不都合であったり、秩序を乱すものであったりすると、迫害されてしまうのだけれど、それでも「言葉」を武器にあきらめず、力強く戦い続ける堺たちの姿に、読んでいてじーんときてしまう。
自分たちのしていることはしょせん、インテリの道楽なのだと堺が言うのにも、打たれる。それは実際、彼が残した言葉らしいが、自分たちのしていることは正義でもなければ特別に素晴らしいことでもない、と自覚したうえで、困っている人たちのためにすべてを差し出そうとする売文社の人たちに、我が身を顧みずにはいられない。