連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年10月のベスト国内ミステリ小説
酒井貞道の一冊:浅倉秋成『まず良識をみじん切りにします』(光文社)
浅倉秋成が奇想作家としての才能を明らかにした。取引先担当者からハラスメントを受ける会社員、行列ができる店への嫌悪と興味に苛まれる主婦、花嫁が控室に籠った理由を当て推量する披露宴出席者、試合中に奇行に走ったプロ野球選手、第一子の命名に悩む父親。各篇の特異な設定や展開も面白いが、特筆すべきは心理描写だ。稠密にねちっこく描かれた各主役の心理に、誰もが密かに思っていそうな違和感、嫌悪、不安、妄想、利己という「裂け目」を設ける。作者はそこから人間心理を引き裂くのである。ミチミチと、音を立てて。傑作です。
藤田香織の一冊:吉永南央『時間の虹 紅雲町珈琲屋こよみ』(文藝春秋)
シリーズものの第12弾を、しかも最終巻でもないのに紹介するのはいかがなものか、と思う気持ちはあるものの、それでも今月はこの一冊!と決めていた。主人公の草は、物語の舞台になっているコーヒーと和小物の店・小蔵屋をある日突然閉店し、誰にも行先を告げず姿を消した。なぜか。その大きな謎にまつわる時間の描き方が巧すぎる。年に一度のお楽しみとして心待ちにしていた多くの読者も?然とし、けれどお草さんらしいなと、短いため息を吐くだろう。今の世情が実に細かい配慮で物語に投影されていることにも唸る。吉永南央の凄みマシマシ!
杉江松恋の一冊:貴志祐介『さかさ星』(KADOKAWA)
開巻早々、緊急事態に投げ込まれる。四人が惨殺され一人が行方不明となった一族の屋敷に霊能力者がやってくるという出だしなのだ。そこから怒涛の如く情報が押し寄せてくるのでその勢いに溺れそうになる。ちょっと待ってと言いたくなる。だがそれこそが作者の狙いで、気がつけば抜き差しならない事態の中に巻き込まれている。読者に待ったなしのスリルを味わわせるために設計された作品で、マウンドからホームまで距離を半分にして、しかも時速160kmの剛速球が飛んでくるような読み味だ。死球を食らわず結末まで辿り着けたら儲けものである。
ホラーあり、昭和を舞台とした犯罪小説あり、新人のデビュー作あり、ベテランのシリーズ作あり、奇想の短篇集あり、と今回もまんべんなく散らばった印象です。豊作の秋と言っていいのではないでしょうか。次月もお楽しみに。