市街地ギャオ『メメントラブドール』インタビュー「自分を大きく見せたいといった雑念からは解放された」
蓋を開けてみると、受賞作の『メメントラブドール』は、SNS社会に生きる現代人の姿が、わたしたちの言葉で書かれていた。その単行本が2024年10月についに刊行された。
都内でエンジニアとして働く「私」は、違う顔を持っていた。男の娘コンカフェで働く顔やマッチングアプリでノンケを狙い”裏アカ”を運用する顔だ。しかし、あるときからその境界はだんだんと溶けていってしまう。
この物語はいかにして生まれたのか、作者本人にインタビューした。(菊池良)
物語を書くというより、そこにいる人を書いた
──こちらの『メメントラブドール』の装丁、とても鮮やかで目を引きますね。
市街地:ありがとうございます。これはカメラマンさんに撮り下ろしていただいて。もともと作品的にピンクかなってイメージはあったんですが、装丁家さんと別の案も検討していたんです。最終的にカメラマンの方に作品も読んでいただいて、やっぱりピンクでっていう風になって。あがってきたやつを見て、この激烈なピンクが書店でも目を引くんじゃないかなと今から楽しみです。
──本作はマッチングアプリでの即物的な出会いが描かれています。そういった意味で、「ラブドール」という単語は示唆的です。それにメメントを合わせたのは、やはり「メメント・モリ」(※)からきているんでしょうか?
市街地:メメントっていうのは、形見とか、残されたとか、そういうニュアンスで使っています。ラブドールっていうのは、他者からの欲望の受け皿をイメージしました。ラブドールというと性欲を想起させますが、ここでは性欲以外のあらゆる社会からの要請とか、いろんな人の、いろんな感情を受け止めているものっていう意味でラブドールという言葉を使っています。今までそうやって生きてきた自分、そしてこれからもその生き方でしか人生を続けられない、という主人公の生き様を表現したいなと思いました。すごく限定的な言葉のように聞こえるかもしれないですけど、自分の感覚としては、かなり広くて包括的なタイトルにしたつもりです。
※メメント・モリ……ラテン語で「死を忘れるな」といった意味の言葉。しばしば芸術作品のモチーフに使われる。
──主人公はいわゆる”裏アカ”を運営していて、こうした方が動画の反応がいいんじゃないか、と登場人物に助言されます。彼が自然と数字を追う姿がリアルでした。
市街地:数字を求めることって、ぜんぜん自然な感覚ではないと思うんです。でも、もうぼくらには刷り込まれているし、それがどこの時点で刷り込まれたのかもわからなくなっている。ずっと社会から要請されつづけて、もう当たり前の感覚って感じになっていますよね。
──そうだと思います。小説のなかでも、そういった現代人の特性を書いてやろうというよりも、それを前提として書かれているというか。
市街地:うん、そこに説明はいらないんじゃないかなって。わかってもらえるんじゃないかなと思って書いていますね。
──この小説には”チー牛”といったいわゆるネットスラングのようなまだ小説では用いられない言葉が使われています。意識的にやったことですか?
市街地:あまり意識はしていません。いまぼくらが普通に聞いて話している言葉で書いただけ、という感覚です。物語を書くっていうよりかは、そこにいる人を書くという意気込みでこの小説と向き合いました。主人公が普段なにをしているかっていうのを、書き連ねた先に『メメントラブドール』の物語が付いてきた、みたいな手応えがありました。
──書いているうちに登場人物が動き出す、というようなことでしょうか?
市街地:動き出すっていうか、動いているものを見ているような感覚に近いのかもしれません。あと、それとは別の感覚として、小説のなかに出てくる人と自分が一体化するみたいな感覚があります。特に一人称で書くときは、書き進めるにつれてどんどん自分と語り手の境界が融けていくんです。だから、動かされているのか、動いているのか、自分でも判別が難しいかもしれないです。
──高校生のときに金原ひとみさんの小説を読んだと聞きました。どんな出会いでしたか?
市街地:受験が終わって、ちょっと暇になっていた時期があったんです。それまで小説ってぜんぜん読んだことがなくて、それこそ国語の授業で、教科書に載っているものを読んだぐらいだったんですけど、いい機会だしなにか読んでみようかなって。高校の図書室へ行って、誰が流行っているとか、誰が有名なのかとかも、まったく知らない状態だったんですが、金原ひとみさん(※)の名前だけは知っていたんです。ふっと、知っている人の名前やって、本をパラパラ見ていたときに、『星へ落ちる』って小説の装丁が一番気に入って。ジャケットで決めましたね。それを借りて読んでみたら、 自分の知っている小説、自分が思っていた小説と違うと思って、それでハマっていたって流れです。
(※)金原ひとみ……小説家。2003年に『蛇にピアス』でデビューし、同作で芥川賞を受賞。2010年には『トリップ・トラップ』で織田作之助賞を受賞。
──金原ひとみさんは2004年に芥川賞を受賞していますが、そのときに知ったのでしょうか。
市街地:いや、受賞したときの記憶はないですね。なんとなく綿矢りささん(※)と並んでいる写真のイメージがありますが、たぶんそのときに見たものじゃないですね。金原さんを最初に知ったのがいつなのかはまったく思い出せなくて。たぶん、映画化が高校生のときにされていたのかな。CHARAが好きだったので、『蛇にピアス』の主題歌をCHARAがやっていて、それで知ったような気がします。
(※)綿矢りさ……小説家。2001年に『インストール』でデビュー。2003年の『蹴りたい背中』で芥川賞を金原ひとみと同時受賞。2012年に『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。
──そこから読書に目覚めて、いろんな作家を読まれた?
市街地:いえ、まったく。17、18歳で金原さんを読んで、そこから数年間は金原さんだけを読んでいましたね。能動的に読書をするようになったのは、25歳ぐらいなんです。
──金原さんの小説が、ほかの小説と感触が違ったのはどんなところだったんでしょうか。
市街地:なんか言い当てられたというか……いや、言い当てられたというよりも、もっと潜在的なものを見透かされた。自分の中で感情としてまだ顕在化してないものが金原さんの小説のなかにあって、「いや、でも、これ自分や」みたいな。その共感の深度っていうのが、やっぱりそれまで読んだ小説とは違ったんだと思います。
──さきほど動いている登場人物を見て書いていると言っていましたが、いまも登場人物は動いて、生きている?
市街地:そうですね。小説で描いた人たちは自分のなかでいまも生きているから、ふとした瞬間に「あの人いまなにしてるんかな」みたいに考えたりはしますね。自分がそういう風に考えているからなのか、読んでくれた人が、「続きが気になる」とか「登場人物にこれからも幸せに生きていてほしい」といった感想をくれるのが一番嬉しいです。その人の心に自分の小説がなにかを残せたんじゃないかなと、すごく感じます。
──では、その後が書かれる可能性もあるってことですね。
市街地:実は受賞後第一作(※)を筑摩のPR誌で書かせていただいて、それがこの『メメントラブドール』に出てくるある人物の九か月後を書いています。