「どんでん返しの帝王」ジェフリー・ディーヴァー、国産ミステリへの影響は? 書評家・千街晶之が読み解く

■国産ミステリへの影響

  さて、興味深いことに、今年(2024年)の国産ミステリには、「どんでん返しの帝王」ディーヴァーの影響を受けたのではないかと推察される作品が幾つか存在するのだ。

阿津川 辰海『バーニング・ダンサー』 (KADOKAWA)

  中でも影響が最も顕著なのは、阿津川辰海の『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA)。タイトルを見ただけで、ディーヴァーの『バーニング・ワイヤー』『コフィン・ダンサー』(ともに文春文庫)へのオマージュであることは明らかだ。著者の作品中、リーダビリティの高さでは現時点のベストだろう。

  この作品は、「コトダマ遣い」と呼ばれる特殊能力者が世界中に出現した社会を背景に、ひとりひとり異なる能力を持つコトダマ遣いが起こす犯罪に対処するため結成された「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪捜査課」の活躍を描いている。つまり、異能者同士の対決を描いた特殊設定警察小説であり、その点は2010年にTBS系で放送された連続ドラマ『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』を意識しているようなのだが、一方で、捜査会議の場で法科学の原理である「ロカールの原則」が言及されるあたりは明らかにリンカーン・ライム・シリーズへのオマージュとなっている。犯人パートの章では主犯「ホムラ」を視点人物にするのではなく、その共犯者「スズキ」の視点から「ホムラ」の得体の知れなさを描いているあたりも、ディーヴァー作品におけるウォッチメイカーの描かれ方を意識しているのではないか。事件そのものは作中で決着しているが、いかにも続篇がありそうな終わり方なので、ディーヴァーを敬愛する阿津川がどのようにシリーズを続けてゆくのか注目したい。

呉勝浩『法廷占拠 爆弾2』(講談社)

  次に紹介するのは、呉勝浩の『法廷占拠 爆弾2』(講談社)である。身元も本名も一切不明の謎の男、自称「スズキタゴサク」が爆弾テロを予告し、彼と対峙する警察官たちがあの手この手でその真意を暴こうとする……という内容の『爆弾』(講談社文庫)は、は、各種年間ベストテンで上位を占める話題作となったが、『法廷占拠 爆弾2』は2年ぶりに発表された続篇である。

  東京地裁の最も大きな法廷である104号法廷でスズキタゴサクの公判が行われている最中、傍聴席にいた男がいきなり天井に向けて拳銃を発射する。爆弾を所持しているという威嚇により法廷内の全員を人質にした男は外部に要求を告げるが、果たしてそれは彼の真意なのか。リンカーン・ライム・シリーズにおけるウォッチメイカーが、本当の目的を果たすために偽りの目的を掲げて捜査陣をミスリードするように、この作品でも占拠犯の真の目的がどこに隠されているかが読みどころとなっている。しかも、占拠犯対警察の構図に加え、人質の身でありながら悪魔的な弁舌で人を惑わすスズキタゴサクも参加した三つ巴の頭脳戦が展開され、どんでん返しが繰り返されるあたりもディーヴァーの長篇を彷彿させる。

方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』(講談社)

  最後に紹介するのは方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』(講談社)である。主人公の黒羽烏由宇は、法で裁けない犯罪者を巧妙な罠にはめる「完全犯罪請負人」を称する男だが、ある日、何者かにビルの屋上から突き落とされ、完全に死んではいないものの、肉体から遊離した幽霊のような存在になってしまう。そんな彼の姿が視える小学生の少女・三井音葉は、黒羽が突き落とされたのと同じ日に殺害された両親の仇討ちを望み、黒羽に協力を迫る。幽霊と小学生というこの上なく無力なコンビは、果たして真犯人に辿りつくことが出来るのか?

  幽霊探偵というスーパーナチュラルな設定が採り入れられているあたり、一見ディーヴァーの作風とはかけ離れていると思うかも知れない。しかし、黒羽を突き落とした実行犯らしき人物が姿を見せる中盤で、この小説は一気にディーヴァー風になってくる。というのも、ディーヴァーの小説には、実行犯が明らかになってもそれは真相のごく一部にすぎない……というパターンの作品も見られるからだ。『少女には向かない完全犯罪』も、実行犯が登場したくらいでは真相の全体的構図は見えてこない。それどころか、むしろそこからが多重どんでん返しの本番なのである。ダイナミックに二転三転する構図は、ディーヴァーの作風との共通性を強く感じさせる。

  具体的なディーヴァーへのオマージュ要素が見られるのは『バーニング・ダンサー』だけとはいえ、この3作の国産ミステリは、ディーヴァーのミステリ作法を各自のやり方で体得した作品と言えるのではないか。本家「どんでん返しの帝王」に対する日本からの挑戦状は、いずれも今年の国産ミステリを代表する力作に仕上がっている。

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