江國香織が振り返る、旅としての読書 「本を読まなければ行けない場所がある」

江國香織が語る、旅としての読書

本は逃げ込む場所として大事

ーー児童文学者の石井桃子さんについて書いたエッセイでは、本とは「居場所でもある」とされていました。

江國:そのように強く感じます。今の出かけていくというお話のように、本を読んでいるときは、そこにいるのにいないようになっちゃう。だから、嫌な場所にいるときに逃げ込めるんです。

 褒められた話じゃないと思いますけど、父の入院の付き添いをしているときとか、そばにいたいんだけれども気が滅入ってしまうじゃないですか。でも父が意識がなかったり寝ていたりするとき、本を読んでいればその間は悲しくない。骨にするときに焼くのを待っている間にも、本を読んでいれば悲しくないんです。

ーー本書内では戦争という状況で読むことについても触れていました。アンドレ・ケルテスの写真集『ON READING』の書評では、戦時においても「読むものがありますように」と書いていました。

江國:これは金原瑞人さんが作っている小冊子「BOOKMARK」の「戦争を考える」特集での依頼でした。戦争を考えるための本が紹介されている中で、私はあの写真集を選びました。

 本ではもちろん戦争は解決できない。食べるものもないようなときに、本は必要がないものだと思われがちですけど、でも私はそうじゃないだろうなと思って。逃げ込む場所として大事なんです。

ーー『ON READING』は読書をしている人を写した写真集ですが、人が読んでいる姿を見ていかがでしたか。

江國:写真に人物が映っているんだけれども、その人が見ている世界はここではなくて、本の中の何かを見ているわけです。そこにいるのにいなくなっている、いない人が写っているという面白さがあると思いました。

ーー書評を書く上で大事にしていることや心がけていることはありますか。

江國:自分で意識してやっているんじゃないんですけど、多分私は読んだ本にすごく影響されるので、ちょっと似ちゃうんじゃないかと思います。金井美恵子さんの『昔のミセス』の書評でも、金井さんのように自分のセンテンスが長くなるのを感じました。のめり込みすぎてその色に染まりながら書いているのかもしれません。

ーー江國さんがもっとも読み返した本は、スペインの詩人・ヒメネスの詩集『プラテーロとわたし』だそうでした。なぜ何度も読み返したのでしょうか。

江國:数えているわけじゃないんですけど、そうだと思っています。一言でいえば、好きだからなんですけど。あの本は私にとってはすごく沈静作用があるんです。必要なもの全部がここにあると思えるんですね。

 (目次を見ると)詩のタイトルだけでも、例えば「夕暮れ」とか「いちじく」とあって、もうこれだけで十分だと思えちゃうんですよ。日常でいろいろうまくいかずに、欲しいのに手に入らないものがあったとしても、なんかそういうものが余分に思えるんですね。自分にとって必要なものがすごくシンプルにそこに揃っている感じがします。自分を整理できるような気がして、何度も読んでるのかなと思います。

ーー普段、本は読み返すことが多いでしょうか。

江國:読み返したいと思っている本は山のようにあるんですけど、実際には新しい本がもっと知りたくて読んじゃうことが多いですね。でもこの『プラテーロとわたし』と、ジョゼフ・ミッチェルの『マクソーリーの素敵な酒場』などの四部作は何度も読み返しました。それから今回の本には出てこないですけど、谷崎の『細雪』は20歳から30歳まで、毎年お正月には読むことにしていました。あとは絵本や写真集は何度も見返しますね。

ーー今後の執筆のご展望を教えてください。

江國:あまり展望を持たずに書いているんですよね(笑)。行き当たりばったりだから。でも来年か再来年に、てんぐか、かっぱか、おいなりさんが出てくる小説を書きたいなと思っています。今ちょうど資料を読んでいるところです。

■書籍情報
『読んでばっか』
著者:江國香織
価格:1,980円
発売日:2024年6月12日
出版社:筑摩書房

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