丸山正樹 × 五十嵐大『デフ・ヴォイス』対談 ろう者やコーダの物語を描くことへの葛藤と意義

丸山正樹×五十嵐大『デフ・ヴォイス』対談

丸山「特権を意識しながら生活するのはなかなか難しい」

――ろう者の犯罪者集団がろう者をカモにする、という事件も描かれましたが、「まさかそんなことをするなんて」と思った瞬間、偏見だったと思いました。自分より弱い人をターゲットにするのは当然だし、ろう者だからって全員が結託するわけじゃないのなんて、当たり前なのに。

丸山:あれは実際に起きた事件をもとにしているのですが、私も最初は驚きました。でもおっしゃるとおり、考えてみれば当然、起こりうることなんですよね。

五十嵐:大事なのは、自分のなかにある偏見や差別に気づくことだと思うんですよ。丸山さんの小説を読んでいると、自分にもこういう一面がある、と思い知らされる瞬間がたくさんある。読者一人ひとりの中にある差別のかけらを突き付けながら、どうすればそれを刃に変えて人に向けることがないか、考えさせてくれるミステリー小説だと思います。でも、世の中には「私、差別なんてしないから」と断言する人がけっこういて……僕はそういう人がいちばん怖い。

――作中にも、ろう者夫婦の妻が妊婦なのを知り「遺伝しないこともあるから、聞こえる子が生まれるといいねって伝えて」と荒井にわざわざ言う人が登場しますよね。あの人はたぶん、差別しているつもりなんてないし、善意を否定されたら怒り出しそう。そういう、善意たっぷりの嫌な人が登場すると、腹が立つと同時に我が身を振り返らずにいられません。絶対に自分もやっているな、と。

丸山:私も日々、その自問自答を繰り返しています。マジョリティの特権を意識しながら生活するのはなかなか難しい。だからこそ、自覚的であらねばならないと。だから私、荒井をあんまり「いい人」としては描いていないんですよ。どちらかというと愛想は悪いし、面倒な奴。それは、世の中の「いい人」に対する懐疑的な想いがあったからなような気がします。何森刑事も含めて、だんだん丸くなってしまったのが最近の悩みどころですが。

――荒井が妻のみゆきに「人のことになると一生懸命よね」って言われるところは笑いました。いい人かどうかって、相対する人間によって変わりますよね。

丸山:そんなことを書いていましたか? それは私自身が日々言われていることですね(笑)。

五十嵐「人生はドラマが締めくくられたあとも続いていく」

丸山正樹『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』(創元推理文庫)

五十嵐:三作目『慟哭は聴こえない』で地方手話の話が書かれるじゃないですか。地方特有の手話があって、それしか使えないろう者の男性は、周囲の人にまるで理解してもらえない。僕は彼のように孤絶しているわけではないけれど、両親と手話を使って話しているとき、ふと社会からとりこぼされているような感覚に陥るときがあるんです。たとえばレストランで、まわりには聴者しかいないなか、僕たちだけにわかる言葉で会話をしていると、世界から切り離されたような気持ちになってしまう。それでも、僕は手話で両親に語り掛け続けるんです。だって、手話こそが僕ら家族にとっての大切な言葉だから。そのろう者の男性も、同じ手話を理解してくれる母親に向けて、届くかどうかわからないのにずっとメッセージを送り続けていた。その姿に、号泣しました。同時に「こいつ何言ってんだ」と周りから蔑まれる人たちの孤独に、この小説を通じて一人でも多くの人が気づいてくれたらいいなあ、と。

――近年、ろう者やコーダがテーマの映像作品も増えていますが……。

五十嵐:良質な作品も多いですが、一過性のブームで終わって、また忘れられてしまうのかなあ……と複雑な気持ちです。感動するのは自由だし、エンタメとしてつくられているんだから楽しめばいいんだけど、当事者の人生はドラマが締めくくられたあとも続いていくわけです。常に考えろとは言わないけれど、瞬間的に消費して終わるのではなく、忘れないでいてほしいなというのが願いですね。『デフ・ヴォイス』も、ミステリーとしておもしろかっただけで済ますのではなく、現実にもこういう人たちが生きているんだということに、思いをはせてもらえたらなあと。

丸山:そのためにも書き続けていくことは大切だろうと思います。映像化も、周知されるという点では意味のある事ですから。ドラマ版の『デフ・ヴォイス』に登場していたろう者はみんな当事者で、今回のドラマのために全国のろう劇団から俳優が集まってオーディションをしたんです。これは画期的なこと。視聴者にも、ろう者の俳優が存在するのだということを知っていただく、いい機会になったのではないかなと。

五十嵐:荒井を演じた草彅さんはおそらくコーダではない、ということで批判の声もあがりましたが、なにもかも一気に推進することなんてできません。ろう者のドラマが数多く制作されてきたなかで、当事者を起用してほしいという声を再三あげつづけてきたからこそ、今回、叶った。対してコーダの作品はほとんどないのだから、ここから始めていけたらいいなと思いますね。

丸山:存在を可視化する、というのが第一歩ですね。五十嵐さんのエッセイ『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』も映画化されますし(※映画タイトル『ぼくが生きてる、ふたつの世界』)。あれこそコーダの葛藤がつぶさに描かれた、みんなに読んで、観て、知ってほしい作品。楽しみにしています。

五十嵐:ありがとうございます。『デフ・ヴォイス』の新作も心待ちにしています。

■書籍情報
『デフ・ヴォイス』創元推理文庫版
著者:丸山正樹
価格:¥814
発売日:2024/2/17
出版社:東京創元社




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