『あなたがしてくれなくても』最終章突入記念インタビュー ハルノ晴が明かす、エンディングへの葛藤

『あなたがしてくれなくても』インタビュー

 夫婦のセックスレスをテーマにした衝撃作『あなたがしてくれなくても』。2023年にTVドラマ化され大きな話題を呼んだ本作は、現在では累計1000万部(紙+電子)を突破。そして、昨年11月に発売された最新12巻より、ついに最終章へと突入した。完結に向けて物語が動き出した今、作者・ハルノ晴先生が思うこととは? 共に並走してきた担当編集・小柳氏と共に最終章に至るまでを振り返ってもらった。(ちゃんめい)

※本記事は12巻までのネタバレを含みます。ご注意ください。

何度もストーリーを練り直して、苦戦しながら描いてきた

ハルノ晴『あなたがしてくれなくても(12)』(双葉社)

――最終章に突入した今のお気持ちはいかがですか?

ハルノ:最終章に入ったからあとは駆け抜けるだけ…みたいな安心した気持ちは全くなくて、ネームがなかなか通らなくて大変だなという気持ちでいっぱいです(笑)。これまでも何度も何度もストーリーを練り直して、苦戦しながら描いてきたので『あなたがしてくれなくても』はずっと大変だなという印象です。

――何度も練り直したということは、最終章の構想は始めから決まっていたのではなく、連載を経て徐々に固まっていったのでしょうか。

ハルノ:そうですね。最初はみちと陽ちゃんがよりを戻すハッピーエンドで終わらせる予定だったのですが、連載を続けていくなかで色々と心境の変化がありまして。それでラストは当初予定していたものから変えてみようかなと。

小柳:私は途中から担当編集を引き継いだのですが、確かに最初は夫婦が関係を再構築していく方向で考えていると聞いていました。ただ、話を作っていくうちに、キャラクターたちが言うことを聞いてくれなくなってきて……。各キャラクターと色々相談していった結果、当初とは違うエンディング案が生まれました。

キャラが“言うことを聞いてくれない”という葛藤

――「キャラクターたちが言うことを聞いてくれない」という気になるワードが飛び出しましたが、具体的にどういったことを指していますか?

ハルノ:一番困ったのは、陽ちゃんがみちとなかなか別れてくれなかったことです。本当はもう少し早く離婚させようと思っていたのですが、なかなか納得してくれなくて、「どうしたらこの人はみちと別れてくれるんだろう?」と、ずっと頭を悩ませながら描いていました。

小柳:ハルノ先生は「キャラぶれしないこと」を一番大切にされていて。各々の性格と矛盾した行動をとらないように、ものすごくキャラクターを掘り下げるんです。そのために、「彼女ならこう動くよね」とか「この子はこんなことしないよね」という会話をよくするのですが、みちと別れる陽ちゃんが全然イメージできなかったんですよね。

ハルノ: でも、陽ちゃんが一人で生活していくなかで、どれだけみちが傷ついていたかを知ったり、それでも自分と向き合おうとしてくれていたことに気づいたり。そういった細かいエピソードを積み重ねていったら、やっと陽ちゃんが動いてくれました。もしもこの過程を挟まずに、いきなり別れのエピソードを持ってきていたとしたら、きっと陽ちゃんは納得してくれなかったと思います。

――陽ちゃんはそのあまりにもリアルなキャラクター性から常に賛否両論が巻き起こっていますが、彼を描く時に意識していることはありますか?

ハルノ:陽ちゃんは「こういう人いるよな」と、自分が実際に体験した出来事や関わった人たちを参考にしています。あと、彼に限らずですが、誰か1人がめちゃくちゃ悪者になってしまうような描き方だけはしないように気をつけています。そもそも、人の数だけ考え方や正義があるのだから、完全なる悪人ってこの世にはいないと思っているんです。例えば、私が誰かから嫌なことをされたとしても、もしかしたら向こうには何か事情があったのかもしれない。嫌なことにはそういった側面があるかもしれないから、相手の立場に立って「なぜこの人はこういうことを言ったんだろうか?」ということは、必ず考えて作品に反映するようにしています。

このキャラは何を考えているの? 担当編集との対話で完成するネーム

――冒頭で本作はずっと大変だというお話がありましたが、最終章に入ってから製作方法や意識の面で変化はありましたか?

ハルノ:特に変わらないです。いまだに、ネームが10回くらい通らなくて今回はもうダメだ……と焦ることもありますし、むしろ最終章に入ってからより大変になってきたと感じています。

小柳:ハルノ先生の製作方法は結構特殊で、一番最初に出てくるネームは本当に下地です。それをもとに私が「このキャラクターは何を考えているんですか?」「どうしてこんな行動を取ったんですか?」と訊いていき、ハルノ先生にはその質問に答えてもらう。そうすることで出てきた違和感のある展開や登場人物の気持ちの矛盾を一個一個つぶしていくうちに段々ネームが完成していくんです。さっきおっしゃったとおり、10稿以上になることもざらにあるので、これはハルノ先生の根気強さがあってこその製作方法ですね。

ハルノ:セリフの言い回し一つとっても「このキャラはこんなふうに言わないんじゃないか?」と。何か少しでも引っかかるところがあったら、小柳さんは絶対にネームを通してくれません(笑)。でも、私は担当編集の意見は絶対に取り入れたいタイプなのでありがたいです。担当編集がいないと作品が作れない作家だと思います。

小柳:私が、「まぁ、それもいいかもしれないですね」みたいに曖昧な返事をすると、ハルノ先生は「小柳さんが納得していないからダメです!」って言ってすごく頑張ってくださるんです。編集を信頼してくれる作家さんとこうして一緒に作品を作ることができて嬉しいですね。

――2人で対話をしながらネームを作り上げるという製作方法をずっと続けているとのことですが、最終章のネームで苦戦しているのはどんなところですか?

ハルノ:今、吉野夫婦と新名夫婦だった4人は、ようやく新しい人生を歩き出したのですが、各々が結婚生活を経て得た成長や心の変化を描こうとすると、描き方によっては、前のパートナーが悪く映ってしまうところでしょうか。結婚したことを失敗だったと思ってほしくないし、4人ともそう思ってはいないので、誰かが悪く見えてしまうことを避けつつ読者に伝えるにはどうしたら良いのか? と。みちと新名さん、陽ちゃん、楓……と4人分考えるのに苦戦しています。

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