『あなたがしてくれなくても』が突きつける“結婚観の歪み” 原作漫画と異なる設定が問うもの
セックスレスに悩む2組の夫婦を描いたセンセーショナルな内容で注目される、ハルノ晴による大ヒットコミックをドラマ化した連続ドラマ『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ/原作:双葉社)。
コロナ禍以降、配信の浸透により、増え続けているドラマ枠。選択肢が多い、つまり競合が多いからこそ、様々な要素をてんこ盛りにした作品や刺激的な作品も増えている中、放送開始前、原作を知らない人の中には「また不倫モノか」と思った人も多数いるだろう。
ところが、実際に観てみると、泥沼不倫にズブズブ陥る刺激的な作品でもなければ、なんなら「アンモラル」な作品だとも思えない。生身の人間が演じることのリアリティに加え、原作よりも男女それぞれの視点を意識して描かれているだけに、どの人物の思考回路も行動原理も理解できてしまい、いろいろ考えさせられることが多いのだ。
主人公は、建設会社の営業課で働く32歳のOL・吉野みち(奈緒)。夫・吉野陽一(永山瑛太)とは結婚5年目の今も仲が良いが、気づけばセックスレス2年。ゴムのびのびパンツを履いている自身に、ふと女としての魅力が足りないのではないかと思い、後輩のアドバイスもあって派手な下着を購入してみたり、スキンケアを念入りにしてみたりするが、夫には響かず。このまま女として終わっていくのではないかという不安を抱えるうち、夫婦仲がこじれていく……とまあ、ここまではリアルでもわりとよく聞く話だ。
一方、陽一はカフェの雇われ店長をしており、コーヒーには強いこだわりを持つが、コミュニケーション下手で、人付き合い下手。そんな自分のダメな部分も愛してくれ、いつでも察して、やってくれるみちは、陽一にとって唯一気を遣わずにいられる相手で、愛情も持っており、うまくいっているつもりだが、いざそうした場面になるとプレッシャーを感じて逃げてしまう。
もう一組の夫婦、みちの会社の上司・新名誠(岩田剛典)とキャリアウーマンの妻・キャリアウーマンの妻・新名楓(田中みな実)は一見、美男美女の理想的夫婦。
誠は、仕事がデキて人当たりも良く、モテるが、多忙な妻に代わって家事もこなす愛妻家。楓は仕事も自分磨きも怠らない頑張り屋だが、ファッション誌の副編集長に就任したばかりで、日々プライベートも犠牲にし、テンパッている。
それぞれ悩みはあっても、夫婦の中では均衡がとれていたはずが、あるとき夜の約束をすっぽかされたみちが、一人夜風に吹かれながら缶ビールを飲んでいると、そこに誠が通りかかり、肩を並べて飲むうち、お酒の勢いも手伝い、みちはセックスレスの悩みを打ち明けてしまう。しかし、実は誠もセックスレスに悩まされており、それをみちに告白して以降、二人は秘密の悩みを共有する「同志」「戦友」となり、その結びつきがやがて恋心に変わっていき……。
正直、登場人物それぞれが傷ついたり、プレッシャーを感じたり、苛立ちや不満を抱えたりする事柄に、つい「え? そんなことで?」「それってそんなにダメなこと?」と驚くこともある。そして、SNSの反応などを見ては「そんなにみんな怒ることなのか……」「ダメなことだったのか」と気づかされる。
そうした違和感を序盤で抱いたのが、楓を責める声がSNSで非常に目立つこと。仕事に集中できるのは誠が家のことをやってくれるからだと理解し、感謝もしているが、行為を求められると拒否してしまう。それは多忙ゆえの疲労と、心身の余裕のなさ、さらにせっかく得た仕事のチャンスを逃したくないから妊娠を避ける意味もあった。子どもができても当たり前に仕事の日々が変わらない男性と違い、妊娠は女性にとってキャリアを分断させることが現実的に多いだけに、余裕もなくなるだろうと思うところもある。
しかし、SNSには「新名さんが可哀想」「楓には結婚は向いてない」「そんなことなら結婚しなければ良いのに」という声が溢れていた。
確かに、誠は可哀想。でも、長い人生の中で仕事を最優先したい時期は男女共にあるものだし、そうした時期にはパートナーがフォローするというのもお互い様ではないか。深夜にヘトヘトで帰宅したとき、起きて待っているのではなく、寝ていてくれるほうが気楽だということもあるし、その後に求められたら「疲れていて、それどころじゃない」と思うし、「そもそもそのために起きていたのかよ」と受け止めてしまっても仕方がないのではないか。
そもそも誠は、自身の母親(大塚寧々)が専業主婦で、夫に献身的で、常に自己犠牲の人に見えていたからこそ、自分のやりたいことを持ち、はっきりモノを言うキャリアウーマンの楓に惹かれたのだった。その出発点を思うと、ある程度仕方がない気がするのに、結局、誠は自身の母親に近い、夫に何でもやってあげる献身的なタイプのみちに惹かれていく。そして、体の関係よりももっと重い、精神的支えだと、妻・楓に告白してしまうのだ。
一方、陽一は、コミュニケーションを怠り、妻に察してもらう、何でもやってもらうのが当たり前で感謝もない夫。それでいて、セックスレスに悩むみちに対して「性欲強くない?」などと言いつつ、バイト先の女性とはいたしてしまい、雑誌で読んだ「妻だけED」に自分をあてはめてみること、浮気という罪を自分の中に抱えていられず、妻に打ち明けて自分だけスッキリすることなど、幼稚で身勝手な面には辟易する。
しかし、一方で、気が合っていて仲が良いなら良いじゃないか、夫婦はそればかりじゃないはずという主張自体には、頷けるところもある(※結局、浮気によって説得力がなくなったが)。それに、セックスレスの事ばかり言われると、余計に意識し、プレッシャーでできなくなる心理は理解できる。
みちはみちで、一生懸命料理し、失敗したほうは自分が食べているのに、それに気づくこともなく、ゆっくり味わいもせず、作業のように、秒で平らげる夫の鈍感さを前に、小言ぐらい言っても良いのではないか。自分本位で、相手の痛みに鈍感で、それでいて自分事には繊細な面倒くさい男を、少しでも軌道修正させるべく、何ら働きかけることもなく、「そういう人」と放置してきたのは、他でもない、みち自身だ。