立花もも 新刊レビュー 生と死、マルチ、単調な日常……社会的問題について考えさせられる4作品

西尾 潤『マルチの子』徳間文庫

  あとがきで著者いわく、マルチにハマりやすい人の特徴は、①自分に満足できていない人、②勉強熱心な人、③自己評価の低い人だという。かつてマルチにハマったことのある著者が、22歳で背負った借金は700万円。自分はきっともっと成功できるはず、という無根拠の強気に背中を押され、勤勉さをもって学生時代よりも勉強に励み、コツコツと活動に励み、仲間から賞賛されることで自尊心を満たすことを繰り返すうちに、いつしか抜け出せなくなっていた。本書は、そんな体験をもとにマルチ商法の闇を描いた小説である。

  優秀な姉と愛らしい妹に比べて、これといって誇れるもののない真瑠子は、せっかく就職した会社も、人間関係がこじれて一年で辞めてしまう。そうして、家族で自分だけが落ちこぼれていく感覚から抜け出せないまま、どうにか決まった次の職場でネットワークビジネスに誘われるのだ。

  “すごい結果”を手に入れて周囲を見返したい、という気持ちはわかる。高望みをしすぎて、大学や資格の浪人生活や婚活が長引くのも同じだろうが、くすぶる気持ちが根深いほど、一発逆転で狙う結果も大きくなる。真瑠子はただ、自分の存在を認めてもらいたいだけだった。誰にも引け目を感じず、胸を張って生きていきたかった。都合のいい夢ばかり見て、現実から逃げ続けた真瑠子は確かに弱くて愚かだけれど、その承認欲求はきっと誰の心にも潜んでいるものだ。かりそめの賞賛と承認を手に、坂道を転げ落ちるように追い詰められていく真瑠子を、愚かと笑うか明日は我が身と震えるか。あなたはいったい、どっちだろうか。

岩井圭也『楽園の犬』角川春樹事務所

  一作ごとにまるで違う顔を見せる作家である。以前紹介した『付き添うひと』は、少年犯罪において弁護人の役割を担う付添人をテーマにした小説だったが、今作の舞台は1940年。喘息持ちで、就職しようにも身体検査でことごとくはねられ、ようやく得た英語教師の職も、発作を起こして続けられなくなってしまった麻田は、妻子を養うため、日本の植民地である南洋サイパンで庁の庶務係として派遣されることとなる。だが、それは表向きの口実。実際は、海軍大佐のもとでスパイとして働くことを命じられたのだった。

  スパイといっても、どこかにもぐりこんで、情報をとってくるわけではない。太平洋戦争開戦寸前の当時、海軍の前線基地であるサイパンには、米英のスパイをはじめ、さまざまな立場の“犬”が紛れ込んでいた。麻田の役目は、誰がスパイで、どんな情報が持ち出されているのかを知ることだ。麻田は、漁師の自殺や島民の心中、スパイと疑われていた男が殺された事件など、裏に何かあると疑わしき事案を探っていく。

  いつ発作が起きるとも知れない死と隣り合わせの生活で、時代に望まれる日本男児になれなかった麻田は、人とは異なる視点で情報を見きわめ、真相を暴いていく。そして、人の命があまりに軽んじられ、踏みにじられる時代の理不尽に、彼なりに立ち向かおうと心をさだめていくのだ。そういう時代だから、では済まさない。どんな秩序が敷かれていたとしても個人としての想いを貫く麻田の姿は、読み手である私たち自身がどう生きるべきかをも突きつける。

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