話題のアニメ『火の鳥 エデンの宙』と『エデンの花』――手塚治虫の原作にも“2つのエンディング”がある?

『火の鳥』原作にも2つのエンディング?

 手塚治虫の『火の鳥 望郷編』を原作とする、配信版と劇場版とでエンディングが異なる2つのアニメーション作品が、STUDIO4°Cによって制作された。1つは、9月13日よりディズニープラスにて世界独占配信される『火の鳥 エデンの宙』(原題『PHOENIX:EDEN17』)。そしてもう1つは、11月3日より新宿バルト9他にて劇場公開される『火の鳥 エデンの花』だ。

 しかし、そもそも原作の『火の鳥 望郷編』からして、ある意味では、2つのエンディングを持った作品であったということを、あなたはご存じだろうか。

『火の鳥 望郷編』には複数のバージョンがある

 ちなみに、『火の鳥 望郷編』には、3つのバージョンが存在する。生涯にわたり、自作に手を入れ続けた手塚らしい話ともいえるが、それは以下の3バージョンである。

(1)「COM」版

(2)朝日ソノラマ版

(3)角川書店版

 まず、(1)の「COM」版だが、これは、連載していた雑誌(「COM」)が休刊になったため、2回分が描かれたのみで、未完に終わった。ある主要キャラのデザインや神殿(宮殿)の外観など、いくつかのヴィジュアル面での設定は後のバージョンでも活かされているが、基本的には(2)(3)とはまったく別の物語である(作者は『火の鳥 羽衣編』と対になるような物語を構想していたようだ)。

 (2)の朝日ソノラマ版は、その名のとおり、朝日ソノラマの雑誌「月刊マンガ少年」にて連載されたもの。前述のように「COM」版とは異なる物語だが、後に単行本化された際に細かい加筆修正が施されているため、「朝日ソノラマ版」とひと口にいっても、「雑誌掲載版」と「単行本版」があると考えた方がいいかもしれない。

 そして最後の(3)だが、これは80年代半ば、角川書店から『火の鳥』の豪華本が刊行された際、手塚自身によって(2)を大幅に“編集”し直した、いわばディレクターズ・カット版だ(物語の大きな流れは、朝日ソノラマ版とさほど変わらないのだが、たとえば、後述するある登場人物をめぐるエピソードがまるまるカットされていたり、11の章に分割されていたりする)。

※以下、『火の鳥 望郷編』のネタバレあり。

ある女性の壮絶な人生と故郷への想い

 『火の鳥 望郷編』(朝日ソノラマ版および角川書店版)の主人公は、ロミという名の女性だ。

 あるとき、彼女は、恋人のジョージとともに、「エデン17」という「宇宙の果ての果て」にある星へと旅立つ。実はジョージは地球で巨額の横領事件を起こしており、警察の手から逃れるために辺境の星を購入したのだった。

 しかし、そのエデン17は常に地震に襲われ、水もなく、とても人間が暮らせるような場所ではなかった(2人は宇宙不動産会社の担当者に騙されたのだ)。

 そんななか、水については、なんとか井戸を掘ることに成功するのだが、そのときに起きた不慮の事故が原因で、ジョージは命を落としてしまう。

 結果、地球に還るすべを持たないロミは、ひとりきりで心が折れそうになるのだったが、数ヶ月後、事態は大きく変わっていく。そう、ジョージの子(男の子)を産んだ彼女は、冷凍睡眠装置を用いてその子が大人になるのを待ち、結ばれようと考えるのだ(その“結婚”がうまくいけば、エデン17でも命が受け継がれていくだろう)。

 実際、ロミは自分の息子(カイン)と結ばれるのだが、生まれてくるのはなぜか男子ばかり。さらに時を経てその子らの1人(ロト)とも結ばれるのだが、やはり男の子しか生まれてこなかった……。そこで、「火の鳥」がエデン17でも女の子が生まれるように、他の星から「ムーピー」という種族(姿を変えて他の種族とも交配できる)を秘かに連れてくることになる。

 やがてムーピーのおかげで女子が生まれるようになったエデン17では、人口が増加し、ロミが冷凍睡眠しているあいだに文明が発達。目覚めた彼女は「女王」として崇められるようになるのだが、いつしかその心には、「地球へ一度だけでも帰りたい」という望郷の念が芽生えていた……。

描かれているテーマは、あくまでも“生きること”

 と、このように、インモラルな近親相姦や異種交配の描写が繰り返される本作は(朝日ソノラマ版では、カニバリズムの場面まで出てくる)、何かと“タブーに挑戦した物語”と語られがちな作品ではある。しかし、本作をよく読めばわかるが、手塚が本当に描きたかったのは、単なるショッキングな表現の連続ではなく、何があっても生き抜きたい、あるいは、愛した男の血を絶やしたくない、という1人の女性の強さだろう。

 やがてロミは、岩でできた宇宙船を動かす不思議な力を持った少年・コム(母親はムーピー)とともに、生まれ育った地球を目指すことになる。

 なお、朝日ソノラマ版と角川書店版では、このあたりまではほぼ同じストーリーが展開されるのだが、ロミたちが旅の途中で救出する「ノルヴァ」という名の雌雄単体の異星人(「スロン人」という種族の最後の生き残り)が、前者では出てくるが、後者では出てこない。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる