手塚治虫『火の鳥 望郷編』が今、アニメ化される意義ーー創世記をモチーフに問われる、移民の是非

手塚治虫『火の鳥 望郷編』アニメ化の意義

 手塚治虫がライフワークとした漫画『火の鳥』のシリーズから、「望郷編」が異なるエンディングを持つ2本の長編アニメーションになる。過去の日本が舞台になった「黎明編」や「鳳凰編」とも、未来の世界を描いた「未来編」「復活編」とも違ったテイストを持つ「望郷編」は、過去に1度も映像化されたことがなかった。繊細な設定と苛烈な内容を持つこの「望郷編」はどうして描かれ、そして今どうして映像化されるべきなのか。

 『火の鳥 望郷編』のアニメは、映画版が『火の鳥 エデンの花』として11月3日に公開され、配信版『火の鳥 エデンの宙』は9月13日にディズニープラスで配信がスタートする。幾つかのバージョンが登場するところは、「COM版」の中断後に「月刊マンガ少年」で連載され、朝日ソノラマや講談社、角川書店で単行本化される際に何度も描き変えられた「望郷編」らしい展開だ。

 ロミという少女がジョージという男と駆け落ちするようにしてロケットを駆り、地球から遠く離れた惑星「エデン17」を買って入植する。ところが、仲介した不動産屋が悪徳で、エデン17の沼や湖は涸れ果てて水不足に陥った。これでは死んでしまうと井戸を掘ろうとしたところで事故が起こりジョージは死亡。妊娠していたロミは、生んだ子供をロボットに託しつつ自分は冷凍睡眠に入り、子供が成長した頃に目覚めて母子で子供を作り、子孫を残そうと考えた。

 兄と異母妹が愛し合う『奇子』という作品もある手塚治虫とはいえ、母子相姦を描くのは相当な挑戦だっただろう。「望郷編」が「月刊マンガ少年」に連載されていた1976年から1978年にかけての手塚治虫は、「週刊少年チャンピオン」で『ブラックジャック』、「週刊少年マガジン」で『三つ目が通る』を連載して、漫画家として新たなステージに乗ったところだった。『ブッダ』で大人の読者を掴み、『ユニコ』で子供の人気も得ていた。

 そんな国民的漫画家が、思うところをすべて注ぎ込める作品が、ライフワークの『火の鳥』だったのかもしれない。「望郷編」ではその後も、禁忌と言える描写が続く。ジョージとの間に出来たカインと結ばれたロミが生んだ子供が男ばかりで、カインが事故で子作りを出来なくなったことから、ロミはふたたび眠りにつく。その間、食料不足が深刻になったため、カインが自分を食べろと子供たちに言う。いわゆる食人(カニバリズム)だ。

 漫画では既に、手塚治虫の弟子にあたる藤子・F・不二雄が1969年に「ミノタウロスの皿」という短編で食人を扱っていた。1977年の「カンビュセスの籤」でもはり食人をテーマにして、価値観が違っている場合や、死ぬか生きるかといった状況の下で、人は人を食べることもあるということを伝えようとした。『ブラックジャック』や『きりひと賛歌』で医療や薬害の問題に斬り込んでいた手塚治虫なら、食人を取り扱っても不思議はない。

 もっとも、この描写は「月刊マンガ少年」連載版から単行本、講談社から刊行された「手塚治虫漫画全集」に収録の単行本へと引き継がれながら、KADOKAWAから刊行の単行本や文庫からは削られてしまっている。それだけでなく、KADOKAWA版は他の版に比べて70ページほど少なく、「月刊マンガ少年」連載版と比べると90ページ近く削られていて改稿も多い。これだけの変化は、同じ『火の鳥』でも他の編では見られない。

 連載版とその後の単行本版でも、遠く故郷の地球を思っていたロミが、ようやく帰り着いた地球で見舞われる運命に違いがある。どうして描写をたびたび差し替えていったのか。苛烈さを抑えてマイルドな方向へと改めていったのか。本意は手塚治虫にしか分からないだろう。ただ、時代を追って変化していったことで、軸となる幾つかの部分がよりくっきりと見えるようになったことは確かだ。

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