『転生したらスライムだった件』はなぜ成功したのか? なろう系で新たな地平を切り拓いた作風
伏瀬の小説『転生したらスライムだった件』(GCノベルズ/マイクロマガジン社)が、WEBでの連載開始から10周年を迎えることを受けて、「転スラ 10theプロジェクト」を展開中だ。12月16日には「転生したらスライムだった件 転スラ 10thライブ」が開催されるなど、さまざまなメモリアル企画が発表されている。
『転生したらスライムだった件』は、小説投稿サイト「小説家になろう」発のコンテンツで、コミカライズやアニメ化、昨今では児童書籍版も刊行されるなど、多角的に展開されている。シリーズ累計発行部数は4000万部を突破。2014年に創刊したGCノベルズを代表する作品といえよう。同作が今なお衰えぬ人気を誇る理由について、ライトノベルに詳しい書評家のタニグチリウイチ氏に話を聞いた。
「以前、GCノベルズ編集長の伊藤正和さんにお話を伺ったところ、出版を決断した頃には、すでに出版界でネットで連載されている小説を書籍化する動きは始まっていたそうです。ただ『転スラ』については他に書籍化の話はなかったそうで、もしかしたらスライムが主人公ということでちょっと敬遠されていたのかもしれません。ライトノベルの主人公といえば、読者が自分を投影したくなるカッコ良いヒーローや可愛いヒロインだったりするのが定番なので、スライムが主人公というのは異色でした。
しかし、モンスターでは最弱の存在であるスライムが、ほとんど何もできない状況から少しずつ力を溜めていき、やがて主人公として恥ずかしくない強さを持つようになっていく展開は、むしろ共感を得られるものでした。単に強かったりカッコ良かったりする主人公に憧れるのではなく、今は弱い自分でも成長して強くなれるんだというメッセージとして、読者には受け入れられたのかもしれません。最弱スライムからの大逆転激という意外性も、他にはない面白さを醸し出していたと思います」
『転生したらスライムだった件』は、後続の異世界転生・転移モノにも影響を与えたと、タニグチ氏は続ける。
「『転スラ』以降、蜘蛛だったり剣だったりと人間ではない存在に転生して、ちょっとしたハンディキャップを持った場所から這い上がっていく異世界転生・転移ストーリーが増えては人気を博していくようになりました。“なろう系”といわれるとどうしても異世界転生・転移からの無双をイメージする人が多いみたいですが、その分野をリードする『転スラ』が実は最弱から苦労を経ての大逆転物だという点には、もっと注目しても良いと思います。
主人公が強くなってからは、やはり他の作品と同じく無双ものになっていると感じる読者もいるかもしれません。しかし、これも伊藤編集長が話していたことですが、『転スラ』には敵となって倒した相手であっても、その思いを主人公のリムルが背負っていっしょに歩んでいこうとする懐の深さがあって、爽快感とはまた違った感慨を覚えさせてくれます。数ある異世界転生・転移からの無双系の中でも、『転スラ』が抜きんでた存在になっていた背景には、そうした設定上の工夫があるように思います」
キャラクターの造形もまた、本作の大きな魅力となっている。
「本当はスライムなのに、かつて見えたシズさんの容姿を受け継いだ少年のような少女のような姿を得てからのリムルはとても愛らしく、それでいて戦闘では厖大な魔力を駆使してとてつもない魔法を繰り出し相手を圧倒します。リーダーとしても前世の知識を生かして社会を作り、経済を発展させ、国を立ち上げ、同盟へと発展させていくすご腕ぶりを見せてくれます。時には苦労もしますし、命の危険に陥ることもありますが、そうした壁を乗り越え自分の国を広げていく強いリーダーシップは、現実の政治がどことなくグラグラとしている状況にあって強い憧れを感じさせてくれます。
リムル以外も、ベニマルはカッコ良くシュナは愛らしく、シオンはグラマラスでソウエイはクールで、ハクロウはお爺ちゃんなのに圧倒的に強かったりしてと、さまざまな魅力を持ったキャラクターが出てきて読者を飽きさせません。ゴブリンのゴブタもどちらかといえば目立ちにくいゴブリンなのに、リムルの側近として大活躍。多彩なキャラクターの誰かに自分を重ねて読んでいけるところにも人気の秘密がありそうです。誰もがちゃんと居場所を持っていて、自分ができることをしっかりとやっていくことで存在意義を感じている。そんな前向きな雰囲気も読んでいて気持ちを楽にしてくます」
『転生したらスライムだった件』は、ライトノベルの後発だったGCノベルズが躍進するきっかけにもなった。