ビビる大木が読み解く、幕末ミステリ『刀と傘』の魅力 「江藤新平にフィーチャーする切り口に驚いた」

ビビる大木が語る、幕末ミステリ『刀と傘』

 2019年に第19回本格ミステリ大賞を受賞した伊吹亜門の小説『刀と傘』が、2023年4月に創元推理文庫にて文庫化された。維新に揺れる明治の京を舞台に、近代日本の司法制度の礎を築く人物・江藤新平と、架空の尾張藩士・鹿野師光(かの・もろみつ)を主人公とした本作は、著者のデビュー作でありながらその秀逸な仕上がりで、ミステリ界隈はもとより時代小説界隈からも高く評価されている。

 文庫化を記念して、幕末マニアとしても知られるお笑いタレントのビビる大木氏に『刀と傘』の面白さを語ってもらった。幕末を舞台とした作品では珍しく「江藤新平」をフィーチャーした本作の魅力とは。(編集部)

江藤新平に「ご縁」を感じている

――この小説『刀と傘』は、本格ミステリのファンはもちろん、歴史ファンの方々、とりわけ「幕末ファン」の方にもきっと興味を持ってもらえるのではないかと思って、芸能界きっての「幕末好き」である、大木さんにお声掛けした次第です。

大木:なるほど。それはすごくありがたいです。僕、幕末はホント好きなんですけど、いわゆる「歴史小説」というものは、これまで意外と手をつけてこなかったんですよね。それこそ、昔、司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』を読んだのですが、あの小説って、実在しない人が何人か出てくるじゃないですか。僕は、その人たちも実在しているものだと思ってしまって。

――歴史小説の「落とし穴」ですよね(笑)。

大木:そうなんですよ(笑)。これはちょっと、まだ自分には早いなと思って。それで、史実方面の幕末の本だけを読むようにしたんです。とりあえず、史実のほうをちゃんと理解しないと、創作の部分がわからないから。なので、ホント、久しぶりに読んだ歴史小説が、この『刀と傘』でした。

――それを言ったら、本作の主人公「鹿野師光」が、いきなり架空の人物です。

大木:だから、僕は、その人が実在したのかどうかも知らなかったというか、僕が知らないだけで実在した人物なのかなって思って検索してみたら、出てこなかったという(笑)。ただ、もうひとりの主人公として、「江藤新平」が出てくるじゃないですか。それはさすがに、「あ、江藤新平じゃん!」と思って。

――本作は、幕末から明治にかけての京で起こる事件を、尾張藩の公用人である若き武士·鹿野師光と、佐賀藩士でその後初代司法卿になる江藤新平がコンビを組んで解き明かしていく、本格ミステリの連作短編集になっています。

大木:これは、ちょっと不思議な話なんですけど……僕、去年の10月に、後輩のゴリけんと、佐賀のお寺で幕末のトークライブをやったんです。佐賀にある「本行寺」っていうお寺が場所を貸してくれたんですけれど、そしたら、そのお寺の人が「うちには江藤新平のお墓があるんですよ」と教えてくれました。「あ、そうなんですか?」とお墓参りをさせてもらって、「ああ、江藤新平は、ここに眠っているんだ。そうだよね、佐賀藩の人だもんね」なんて話をしていたら、このタイミングで今回の『刀と傘』のお話がきて。読んでみたら、江藤新平が出てきたので、自分の中で勝手にご縁を感じているところがあるんです。

――すごい偶然ですね。

大木:そうなんですよ。実際に読んでみたところ、「なるほど、この小説はミステリでありながらも、その舞台は幕末から明治にかけてなんだ!」と知って驚きました。というのも、僕がこれまで読んできたミステリは、現代が舞台のものが多かったんです。それで「そっか。ミステリは別に現代が舞台じゃなくても、面白いものができるんだ」ということに気付いたんです。しかも、幕末から明治にかけての、あのごちゃっとしたあたりの京を舞台にしているわけじゃないですか。

――幕末から明治にかけての京は、暗殺をはじめ、事件性のある血なまぐさい出来事が、とても多かった時期でもあるわけで……。

大木:悲しいことですけど、幕末とか明治の初め頃っていうのは、暗殺事件はもちろん、挙句の果てには、日本人同士で戦争をしちゃうような時代でした。ただ、そこで江藤新平にフィーチャーするんだっていう驚きは、やっぱりありましたね。僕も、歴史好きの仲間というか、幕末の話をする仲間が何人かいるんですけど、江藤新平の話は滅多に出てこないですから(笑)。それだけに、これは珍しくて鮮やかな切り口だと思いました。

――確かに、ちょっと珍しいかもしれないです。

大木:とはいえ、江藤はその後、初代司法卿になって、近代日本の司法制度の礎を築いた人じゃないですか。明治の新政府では、かなり重要な役割を担っていた人物で、なおかつ頭も相当切れる人だったというのは知っていました。そのあたりは、この小説の中でも、うまいこと描かれていますよね。目的達成のためには、手段をいとわないところがあって。それを読みながら、「ああ、やっぱり江藤は、そういう感じだったのかな」って思ったり。江藤新平という人物が、ひとりの人間として、自分の中で浮かび上がってくる感じがありました。だから、歴史好きの僕としても、すごく楽しみながら読むことができました。

幕末・明治を生きた男たちの「悲哀」も描かれている

――本作は、「本格ミステリ大賞」を受賞するなど、本格ミステリ界ではすでに評価されている作品ですが、歴史好きが読んでもすごく面白いですよね。

大木:いやあ、面白かったです! もちろん、密室殺人だったりとか、そういう本格ミステリとしての面白さもあるんでしょうけど、ある程度、歴史を知っていると、さらに面白いと思います。というのも、この小説の中にも少し描かれていますけど、明治の新政府ってやっぱりすごく独特じゃないですか。薩摩と長州の人間が完全に仕切っていたわけで。

――江藤は、いわゆる「薩長土肥」の「肥」……肥前佐賀藩の人間だから、割と少数派なんですよね。維新で大きな役割を果たしたわけでもなく。

大木:そうなんですよ。幕末の志士たちが、徳川幕府を倒して維新を成し遂げたあと、国内の争いはまだあるけど、新しい国づくりもどんどん進めていかなくてはならなかったわけじゃないですか。そうじゃないと、日本は「世界デビュー」できないぞっていう。江藤は、その思いが誰よりも強かったというか、そういう考えのもと、司法制度を整備していったんでしょうけど、新政府のトップにいる薩摩と長州の連中は、体面を気にしたり、派閥争いみたいなことばっかりやっていて。やっぱり江藤には、「薩長なにするものぞ」っていうイライラが、きっとあったと思うんです。とはいえ、まずは国を前に進めなければならないって、ひとり頑張っていたようなところがあって。

――なるほど。

大木:だからこそ、江藤は、鹿野師光という人間の力を、必要としていたところがあったんじゃないかな? もちろん、師光は架空の人物ですけど、それがまた、徳川御三家のひとつである尾張藩の公用人っていうのがいいんですよね。一応、徳川方についていたはずなのに、維新で新政府が樹立してしまって。彼もまた、江藤と同じように、メインストリームの人間ではないんですよね。ある意味、アウトサイダーというか。その2人の関係性が、すごく良かったです。

――読み始めたときは、江藤がホームズで、師光がワトソンみたいな関係性なのかなって思っていたんですけど、回を追うごとに、それがだんだんと変化していって……。

大木:そこがまた、いいんですよね。この本の中盤ぐらいで、2人の関係性にちょっとヒビが入りながらも、結局のところ江藤は江藤で、ずっと師光を求めているようなところがある。この男は頭も切れるし使えるから、やっぱり自分のそばに置いておきたいみたいなところがあって。とはいえ、江藤自身は相変わらずだから、師光は師光で距離を置こうとしつつも、心のどこかで、ちょっと江藤のことを気に掛けているようなところがある。そういう、幕末·明治を生きた男たちの、言葉では表せないような「絆」とか「友情」みたいなものが、この小説には、すごく絶妙な匙加減で描かれています。加えて、時代に翻弄される「悲哀」もちゃんと描かれているところが、すごくいいなって思いました。

――それこそ、歴史に詳しい人は、当然ながら、江藤の最期も知っているわけですからね。

大木:いわゆる「佐賀の乱」ですよね。ただこの小説では、あえて佐賀の乱やそれ以降のことをほとんど書いていなくて、僕はそこにもグッときました。最後にサラッと、その事実だけが書いてあるところに、むしろ作者の伊吹亜門さんの強い想いを感じたというか。作者の方は、江藤のそういうところも含めて、共感しながら書かれたのかなと、僕はそんなふうに感じたんですよね。

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