小説・映画・漫画・アニメ・ゲーム――知りすぎた世代の作家が紡いだ物語 『ガーンズバック変換』のパスティーシュ

『ガーンズバック変換』を読む

 この世界には既に、七回生まれ変わっても味わいきれないほどの小説・映画・漫画・アニメ・ゲーム――すなわち物語がある。これを血肉にして育った知りすぎた世代は、どうしても過去の作品を意識したり、踏まえずにはいられない。そして、そのような創作姿勢でいる以上、自分が好きな物語とは何か、自分が書きたい物語とは何かを、真剣に考えてしまうのである。だから作者は物語にこだわるのだ。

 それは他の収録作にもいえる。技術の限界から一瞬にして昼から夜に切り替わるスマホゲームに、ユーザーの納得のいく説明を求められたシナリオライターが奮闘する「開かれた世界から有限宇宙へ」は、物語の設定がいかにして創られていくかを開陳している。「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」は、架空の三文SF作家の生涯が、実際の歴史と絡めて書かれている。また、近未来のイギリスを舞台に、機械翻訳の〝脚色〟をしている女性が、旧友の自殺の真相を求める「色のない緑」に出てくる、「文法にのっとった文章だったら、なんでも文脈を設定すれば意味を与えられるかな」という言葉は、「開かれた世界から有限宇宙へ」のテーマと通じ合っていた。

 もちろん作者の関心は物語だけではない。「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」は、論文形式の愉快なホラ話だ。表題作の「ガーンズバック変換」は、「香川県ネット・スマホ依存症対策条例」により、テレビ、パソコン、スマホの禁止された香川から大阪にやってきた少女が主人公。ちょっとしたミステリ味や百合味を加えながら、抑圧された世界に生きる少女の、ささやかな抵抗を鮮やかに表現しいている。どれも歯ごたえのある作品だ。多彩な陸秋槎の世界を堪能したい。

 なお作者は、現在、石川県に居を構えて作品を発表している。済東鉄腸のノンフィクション·エッセイ『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』を読んだときも思ったが、外国は身近になり、文化は混在し、世界は新たな地平に向かっている。そして人々は、出身国を気にすることなく、ワールドワイドに活動する。陸秋槎はまさに、そんな時代を体現する作家のひとりではなかろうか。だからSFでもミステリでも、これから作者が生み出す物語が、楽しみでならないのである。

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