『シガテラ』は不穏な時代を予見した漫画だったーー失うものが何もない「無敵の人」の描き方

『シガテラ』が予見した不穏な時代

 現在、テレビ東京で深夜ドラマが放送されている『シガテラ』(講談社)は、古谷実が2003~5年にかけて週刊ヤングマガジンで連載された青春漫画だ。主人公の荻野優介は、高校でいじめられており、バイクに乗ることだけが生きがいの高校生。バイクを買うためにバイトをしながら、教習所に通っていたが、教習所で南雲ゆみと出会ったことで人生が大きく変わっていく。

 デビュー作の『行け!稲中卓球部』(講談社、以下『稲中』)を大ヒットさせた古谷実は、90年代はギャグ漫画家として知られていた。しかし、2000年に連載した『ヒミズ』(同)で作風を大きく変化させる。一家離散によって人生が狂ってしまった中学生の住田が破滅していく姿をシリアスなタッチで描いた本作は、圧倒的な絶望を描いた暗黒青春漫画の金字塔で、これまで「笑い」の中に忍ばせてきた「毒」が全開となった作品だった。

 この『ヒミズ』の後に描かれた漫画が『シガテラ』だが、本作は『稲中』の「笑い」と『ヒミズ』の「毒」が絶妙な形でブレンドされており、笑いや恋愛といった明るい要素があるからこそ、暗い毒が引き立つ作品となっていた。

 以降、この二つの要素が混在する世界観が、古谷実作品の基調となっていく。

 『シガテラ』では、自意識過剰で劣等感の塊だった荻野が、恋人ができたことで、少しずつ自信を身に付け、暗黒の青春時代から脱し、大人へと成長していく様が描かれた。思春期の男の子の視点から描かれた恋愛漫画として充分読み応えのある作品なのだが、荻野と南雲の周辺では常に不穏な気配が蠢いており「いつかこの幸せが壊れてしまうのではないか?」という緊張感が漂っていた。

※以下、ネタバレあり

 彼女ができて人生に明るい兆しが見えてきた荻野と反比例するように転落していくのが、荻野をいじめていた谷脇と、荻野といっしょにいじめられていた高井だ。父親が破産したことをきっかけに高井は高校を退学することになる。同時に高井はネットで知り合った「森の狼」と名乗る怪しい男に谷脇に復讐するように頼んでいた。「森の狼」に捕まった谷脇は拷問を受けて両耳を失い、やがて高校を退学処分となり、ヤクザになってしまう。

 高井と谷脇に、自分が不幸になったのはお前のせいだと言われて荻野はショックを受けるのだが、ここで“シガテラ”というタイトルが効いてくる。

 ドラマ版『シガテラ』の冒頭でも語られていたが、シガテラとは毒素を持つプランクトンを魚が食べたことで、魚の体内に蓄積する毒のことで、シガテラ毒を持つ魚を人間が食べると頭痛、下痢、嘔吐といった食中毒を引き起こす。致死率こそ低いが、自然毒としては世界最大の被害を出していると言われている。

 つまりシガテラ毒とは荻野のことで、荻野と関わった高井や谷垣が、その毒によって転落していく物語だとも解釈できる。荻野は自分と関わる人々はみんな不幸になるのではないかと怯え、南雲と別れるべきではないかと本気で思い悩む。

 もちろん、高井や谷脇の言うことは一方的な逆恨みで、荻野の悩みも自意識過剰な思春期の少年にありがちな思い込みに過ぎない。だから、荻野が大人に成長すると共にこの不安も消滅していった。だが、荻野と南雲が気づかない場面で、様々な男が南雲に悪意を向ける場面を、本作は繰り返し描かれていた。

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