ダースレイダー連載小説『Mic Got Life~ライム&ライフ~』第5回「3 is the magic number」
ヤマジは僕の机の上にドンと座って聞いてきた。
「そうねえ。ま、どっか行けというプレッシャーは感じるな」
「俺もだよ。マーベはすっかり受験モードで付き合い悪いし、モリシに至っては最近学校に
も来てねえし。あいつ、何してんだろ」
高校3年になると部活も後輩の代に席を譲ることになる。と言っても僕は万年補欠で、後輩たちには上手い練習のサボり方を伝授することで一応先輩らしく振舞っていただけだ。夏の大会、都大会どころか区大会の一回戦で見事に敗退。補欠のまま引退することになったが、不思議なことにベンチで試合終了の笛を聴くとすごく寂しい気持ちに襲われた。顧問の、毎年一言一句同じ内容の引退の言葉を俯きながら聞きながら、さてどうしたものかと漠然とした不安が胸の中で広がっていた。
「渋谷にさ、面白い塾があるらしいんだよ。小学校の同級生が通ってんだけどさ、国立目指してるやつも私立目指してるやつも狭い教室でぎゅーぎゅーになっててさ。なんとかって先生が一人で教えてるんだけど、相当な変人みたいなのよ。」
「へー」
「でさ、一応親の手前勉強しますって顔はしたいからさ。一緒にその塾入んない?」
ヤマジの誘いを断る理由もなかった。高三の夏が終われば受験なんてすぐそこだ。マーベは早慶狙いで予備校通ってて夏期講習もびっしりだと言っていて、音楽すら聴いてないらしい。そろそろなんかはやらないといけない。親からは大学にはとりあえず行けと言われていた。
渋谷駅から246の方に抜ける路地にあるビルの一室がその塾の教室だった。ウィズダムと言う名前で木本と言う男が一人で全教科教えている。入塾にはこの木本の面接を受ける必要があってヤマジと二人で塾が始まる前の時間に行ってみた。部屋に入ると桂文珍のような髪型のおじさんが一人机の前に座っていた。僕らがぺこりと頭を下げて座るなり、話が始まる。
「ようこそ。君たちは普段から頭はちゃんと使ってますか?」
「えっと、いや、これから頑張ります」
「日清のラ王は食べたことがありますか? 生麺だという点に注目してください。そしてお湯の分量が大事なんです。指定されている通り入れるやつはバカだ。自分で考えて行動しなければいけない。線の8分目まで。お湯はちゃんと沸騰させてからさっと注ぐ。時間は2分45秒です。」
「あっ、はい」
僕がちょっと引きながら答えるとヤマジが大声で「わかりました!」と言った。
「何事にも哲学を持ってください。自分がやってることが何なのか考えてください。考えてない生徒はすぐ辞めて結構。それでは今日の英語から参加してください。」
あっけに取られていると扉が開いて次々と塾生が入ってきた。様々な学校の制服を着た男女。ああ、女の子がいるぞ。こりゃ、いいな。男子校で男友達とつるんでばかりいた僕はそもそも女子と出会う機会も少なかった。ただ学園祭では他校の女子がたくさん訪れた。この学園祭はそこそこ生徒会が力を入れて運営していて、それぞれのクラスで独自企画を立てつつ学校全体でも生徒によるバンド演奏や漫才が行われる。高2の時、うちのクラスでは定番のポップコーンの屋台と占いの館をやることになった。ヤマジは自分のバンドのライブを組んでいた。モリシはサボって麻雀をしに行っていたがマーベは自前のタロットカードを持ってきて、僕を誘ってタロット占いの机を担当することになった。他にも星占いやら手相占いやらの机がずらりと並ぶ。女子は占いが好きだから、と言う理由だけで成立した企画だ。
マーベは個人的に研究してきたタロットの知識を披露する気満々だった。学園祭が始まると占いの館も盛り上がってそれぞれの机に長蛇の列が出来た。女の子はこんな適当な企画でも良いのか?と驚いたがマーベは次々とタロットを配っては解説していく。何人か見た後でクウもやれよ、俺は食い物買ってくるからと席を離れた。
「オッケー」
そう答えたものの、タロットの知識はゼロなので出たカードの向きだけ見ながら適当に話すことにした。何人かをやり過ごしていると一人の背の小さいショートカットの女の子が目の前に座る。
「それ、適当でしょ。当たるわけないじゃん」
「あ、わかっちゃった? でも本当に当たる占いもあるんだ」
僕は流れるように適当なことを言っていた。
「ええ? どんな占い?」
「それはね・・・」
この時、フワッとアイディアが浮かんだ。
「君だけに割り当てられた番号があるんだ。その番号を君が持っていることに意味がある。その意味を解き明かす占いだよ」
「私だけの番号? 何それ」
「家の電話番号だよ。もちろん家族全員同じ番号だけど、さらに名前と合わせると特別な意味が出てくるんだよ。」
「電話番号か〜。確かに私の番号だね。名前も私だ。」
「そう。数の並びには意味があるんだよ。だからさ、名前と電話番号教えてくれたら占うよ」
「うふ。アオシマシュホだよ。番号はね・・・」
「あ、3が入ってるね。3はマジックナンバーなんだ」
この後、僕は数字の並びに適当な意味をつけて恋愛運と金銭運をでっちあげた。
「でさ、この占いがちゃんと当たってるかどうか確かめたいんだよね」
「どうすんの?」
「1週間後に電話するよ。そこで占いが当たってるか教えてよ」
「ええ、わかった〜。なんか面白かったよ! ありがとう」
シュホの後も3人くらいの女の子の電話番号を聞いたところでマーベが帰ってきた。
「お前、何やってんだよ」
「ああ、オリジナルの占いだよ。じゃあ、交代ね。後でヤマジ観にいこうぜ」
1週間後にシュホに電話してみた。
「リンリン! 占い、どう?」
「ええ? わかんないよ〜。」
それでも話してると盛り上がったので映画にいく約束を取り付けた。シュホは元気で可愛い子だったが二人で映画を観た後お互いどうして良いか分からず、お茶を飲んで何となく解散。その後もお互いに気になる映画があったら誘って観にいくのだが、その先に何かある気はしながらもどうして良いのか分からない。で、何となく映画友達に落ち着いてしまっていた。高3まではシュホとの映画の日に少しだけ興奮しながらも、結局映画の感想を話し合って解散するくらいしか女の子との接点はなかった。
ウィズダムの英語の授業で木本は始まるなりビートルズの「レット・イット・ビー」をかけた。
「はい、じゃあこの歌詞の意味を答えて」
え、何この授業? とまた驚いてると前列に座ってる女子がパッと手を挙げた。
「なすがままに、ですか」
この子の声。柔らかくて透き通っている。何だかやたらと耳心地がよく聞こえる。前にいるので背中しか見えない。少しパーマのかかった髪の毛を後ろで束ねている。その後、木本がすごい勢いでそもそもビートルズとは……と言う話を始めた。それも興味深かったがあの子の声、あれは何だったんだろう。そんなことを考えていたら休み時間になった。
「コンビニ行こうぜ」
ヤマジに誘われて近くのコンビニでコーラを買おうと並んでいた。すると隣のレジに塾の女の子たちがいるのに気づいた。
「英語、苦手だな〜。ちゃんとやんなきゃ」
あ! あの声だ! パッと横を見ると切長の目にスッとした鼻の超絶美人だった。
僕はレジの前でコーラを握ったまま固まってしまっていた。
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