ダースレイダー連載小説『Mic Got Life~ライム&ライフ~』第2回「ビースティー・ボーイズ」
兄から貰ったCDはそのまま棚に突っ込んでしまった。僕は僕で追いかけている音楽があり、音楽の話題で盛り上がる学校の友達がいる。そいつらとの時間が大事だった。
西武池袋線沿線に学校があったので行き帰りに池袋に寄ることが増えてきた。グランジ好きの同級生であるヤマジが「カラオケでニルヴァーナの曲を熱唱したい!」と言う。
ヤマジの他に同級生のモリシとマーベも一緒だ。お互いに好きな音楽の話をする。ヤマジは茶髪のロン毛で破れたセーターに汚れたジーンズ。完全なるカート・コバーン信者だ。世の中への恨みつらみをぶつけた自作の詞をノートに書き殴っているのだが誰にも読ませないかった。モリシはブラックミュージック好きで上下ピタッとしたデニムにスニーカー。でっかくて丸いピアスをしている。マーベはプログレやメタル好き。きちっと髪を分けていて、メガネの奥の目が冷えていて怖い。
皆、好きな音楽の趣向は違ったがお互いに持ってるCDを貸し借りしながらあれこれ放課後に集まっては話すようになっていた。
僕はやはりロック中心に聴いていて、特にイギリスからデビューした新人のオアシスと言うバンドがやばい! と思って彼らの日本企画盤を周りに薦めていた。
ところがブラックミュージック好きのモリシはCDウォークマンで少し聴いてから「ベースが聴こえねえじゃん。ドラムも単調だし。もっとブンブン低音が来てる方が好きだな」と言う。
「え? 何言ってんの? ギャラガー兄弟のソングライティングとギター、太々しい態度がロックでしょ!」
なんて雑誌の受け売りの反論をしたがモリシは黙って一枚のCDを差し出してきた。
蓋を開けようとしたら開かない。あれ?
「ふふ、それフェイクジャケなんだよ。通常のCDと逆になってるの。ほら」
モリシがニヤッと笑いながら背中の方をパカっと開けた。CDを取り出してウォークマンに入れる。僕はイヤアホンをして再生ボタンを押すした。
ブオンブオンとベースが鳴ってストリングスが上から降ってくる。そこに落ち着いた歌が入る。グイグイと耳が引っ張られる。ただこの曲は1分もしないで終わってしまい、今度はボンボンとジャズっぽいベースが鳴る曲に変わる。え? かっこいいぞ!
「オマーっていうUKのシンガーだよ。アシッド・ジャズっていう新しいジャズらしいよ」
新しいジャズも古いジャズも分からなかったがモリシにベースとドラムと言う話をされてから聴くと音が急に立体的になった気がした。
「お前さ、プリンスとかスティーヴィー聴いてるのになんでそこにピンと来てないんだよ!」
モリシはちょっと呆れた顔で言った。後ろでヤマジが一人で「カム・アズ・ユー・アー」を熱唱していてマーベがそれに合わせて首を振っているた。
モリシにオマーを借りて急いで家に帰るとスティーヴィー・ワンダーの「トーキング・ブック」を早速聴き直した。ドラムとベースに注目する。全く違う景色が立ち上がってきた。「ユー・アー・マイ・サンシャイン」と歌われる下でベースが心地よく動いていく。ドラムは裏のリズムにパシっと決まり、パーカッションが波打っている。
太陽だけではなく、大地があり、その広大さと言ったら……「メイビー・ユア・ベイビー」になるとベースがどんどんと身体を引っ張っていく。伸びて縮んで広がって。ドラムが動く身体をしっかりと支えて運んでくれる。音楽が全身に伝わってくる。
驚いた。
僕はスティーヴィーも、なんならプリンスも歌のメロディーで聴いていた。P-FUNK
だってジミヘンのギターの系譜にあるものとして。つまりギターのリフをは「歌」として聴いていたのだ。それはどうも、ただの「音」の表面だったことに気づいた。
モリシの一言でそもそも最初からそこで鳴っていた音に気づいただけなのだが、すごい広がりを感じた。音が広がっていく。同じ歌メロやギターリフもドラムとギターに運ばれてグイグイと進んでいくイメージで聴くと全く違う。
もしかして、とビートルズのアルバムを棚から取った。イントロドンでどの曲も当てられるくらい聴き込んでいる「サージェント・ペパーズ」をプレイヤーに入れて「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」を聴いてみる。
なんと! ポール・マカートニーはこんなことをやっていたのか! ボンボンボンと小気味よく動くベースはジョンの気だるい歌をコロコロと転がしていく。転調してから雰囲気が変わるのは流石にわかるが前半でも実はベースは実に表情豊かだ。
ただモリシの言うことがいちいちもっともだ、と納得したがオアシスを聴き直してもやはりかっこいいなとは思った。好きな「アップ・イン・ザ・スカイ」を聴いたらベースは確かに鳴ってはいる。でも小さい。そして、あちこちに書かれていたオアシスの音楽評でもベースやドラムの効能について触れているものはこれまで見なかった。音楽の聴き方、そのアプローチが違うのか?
僕は自分のCD棚をもう一度端から端まで聴き直さねば! と考えながらまずはモリシに借りたオマーをカセットテープにダビングした。
それからしばらくして、いつものように4人で池袋駅を彷徨いていた時、マーベがパンテラのアルバム「脳殺」がいかに革新的かを語り出す。
「ギターがさ、ザクザクしてるんだよ。ナイフみたいだろ」
「ちょっとだけよ〜みたいなアルバムタイトルだけどな」
モリシがニヤニヤして言う。
マーベにイヤアホンを借りて聴いてみる。パンテラも確かにギターサウンドが目立つと思った。ただ、実はドラムもくっきり聴こえる。ドラムが土台として支えながら突進してるようなイメージだ。
「これ、ドラムもすごいね」
「お、そこがポイントだよ。バスドラが鉄の塊みたいにさ」
モリシが僕の耳からイヤホンを外して自分でちょっと聴いてから言った。
「このボーカル、クソ野郎な気がするけどね。俺の直感ね。」
「何言ってんだよ」
マーベは少し不機嫌そうだ。
僕らの喋りは自分の意見というより雑誌のレビューなどの寄せ集めだった。それをお互いに分かったように引っ張り出してきたのだが、それでも喋ってるうちに本当にそうだなと思える瞬間があり、何かビッと来る感じがする。それが不思議と快感で、そうした言葉に出合うためにひたすら喋っているところもあった。
「HMV寄っていこうか」
ヤマジがそう言ってズンズン進んで行き、東武デパートのメトロポリタン・プラザの長いエスカレーターに飛び乗った。東武に入ってるHMVは店内用ラジオブースがあり、そこにリクエストを出すと曲をかけてくれた。僕らは金がないので気になる新譜はここでお互いにリクエストしながら品評する。
エスカレーターが上昇していく。ヤマジが手すりの上に座りながら遊んでいる。HMVのあるフロアに近づくと店内でかかっている音楽が爆音で聴こえてくる。
その時、聴こえてきたのだ。
絶妙な響き、熱気と埃を少し被ったようなベースライン。そしてホ〜!という掛け声と共にドラムがなだれ込んでくる。そこから歌、歌というよりもっと躍動感のある.……これはなんだ?
この曲、この音は文字通り天から降ってきたかのように僕に響いた。エスカレーターの上昇に合わせて上から落ちてきたというか。ガツンと。ズガンと。バシンと。ビリビリと。
何やら電流のようなものが身体を流れた気がした。
僕は興奮してエスカレーターを駆け上がった。
「おいおい、どうした!」ヤマジが押しのけられてコケそうになっている。
HMVの店内に駆け込むと一直線にラジオブースに向かった。女性のラジオDJが音にノッている。
「すみません! 今かかってるバンド、なんですか? このCDが欲しいです!」
顔を真っ赤にして駆け込んできた男にちょっと呆気に取られながら彼女はCDを見せてくれた。
「今、私がかけたのはこれ。すごいかっこいいですよ」
僕は新譜コーナーに並んでいたそれを大急ぎで一枚取った。すぐに取れなければ無くなってしまう! 目の前から消えてしまうのだ! 急げ!
そして、そのままの勢いでレジへ。
「これ、ください!」
店員がレジを打ち終わり、袋にCDを入れて渡してくれる。
「おいおい〜、お前急に走り出してどうしたんだよ?」
3人がそのタイミングで店に入ってきた。おいおいはこっちだ。お前ら、あれを聴いても何も思わなかったのか? すごかったぞ。
僕の手にはビースティー・ボーイズの「ルートダウンEP」があった。
僕は見つけたのだ。いや、向こうが僕を見つけたのか? これはとんでもないバンドだ。