ダースレイダー連載小説『Mic Got Life~ライム&ライフ~』第4回「スヌープ・ドギー・ドッグ」


 ビースティーもハウス・オブ・ペインも僕の中では洋楽のロックの最新形というフォルダに格納された。板橋の中古屋でこの辺の映像が入っている海賊ビデオを探した。MTVで流れているミュージックビデオなどをひたすらまとめただけのビデオは1000円で買えたので、曲をまとめてチェックするのに役立った。

 その中でプリンスの「マイ・ネーム・イス・プリンス」が入っていた。プリンスは「ザ・ヒッツ」という3枚組のベスト盤を持っていたが、そこには収録されていない曲。やたらとうるさいドラムスに次々と色んな音が文字通り放り込まれていく。ア〜ア〜という卑猥に聴こえるコーラスに導かれるようにプリンスが歌い出す。これも……ラップか? とにかく猥雑という印象でギラギラに加工された音質で言葉を並べていく。何やら怪しい世界への入り口のような、暗くて眩い感覚。なにかに誘われるように感じて何度も巻き戻してはこのミュージックビデオを観た。

 同じビデオにはドン・コーネリアスの番組「ソウル・トレイン」も入っていた。とにかくぎゅーぎゅーに音楽関連の番組が録画されている。作った人が誰だかわからないが乱雑でありながらも、引っかかるポイントが幾つか用意されていて、「ソウル・トレイン」も唐突に始まり、司会のドン・コーネリアスがご機嫌に話しかけてくる。

 「オッケー、今日はこいつのライブを紹介するぜ!スヌープ・ドギー・ドッグ!」

 画面がパッと変わると家のセットが出てきた。家には前庭があり、庭の隅には犬小屋がある。その犬小屋には犬の耳を頭につけた水着姿の女が寝そべっている。庭にはガーデンチェアも置かれていて、そこにはキャップとサングラスの男が横になりながら酒の瓶を片手に持っている。煽り立てるようなイントロに続いてブリブリっとしたベースラインが鳴り始め、これまた猥雑なコーラスがヤイヤイと囃し立てる。ガーデンチェアの男が首を振っている。今度は水着の女が「スヌープ・ドギー・ドッグ〜」と歌い始める。もっとも口パクのようだが、犬小屋で寝そべりながら歌うのだ。なんだこれは?

 コーラスが続くと家のセットのドアがバン! と開く。そこからは長身のアフロヘアの男が大きいサイズのパジャマをずるずるに引き摺りながら出て来た。アフロには櫛が刺さったまま。全くやる気がない様子でふらふらと出てくるとマイクを面倒くさそうに口の前に運んで歌い始める。これも口パクだからか、本人は完全にやる気ゼロでパジャマ姿で庭をうろついている。それでも異様なまでの長身と切長の眼から放たれるこれまた異様に鋭い眼光は、楽しげなセットの裏側に何やらとてつもなく怖いものが潜んでいるような気分にさせられる。

 この時流れてたスヌープのラップはビースティーやハウス・オブ・ペインとは全く異質のもので、僕はこれを表現する言葉を持っていなかった。結局彼らは庭を音に乗りながらゆらゆらと踊り、曲は終わり、ドン・コーネリアスは何事もなかったかのように番組を続けた。

 あ、これも兄貴のCDにあったな。スヌープのアルバムは一曲目、風呂でいちゃついているバスタブという曲だけで聴くのをやめていた。改めて引っ張り出して聴いてみるとすごいベースが鳴り始めて渋いおじさんの声が話し始める。

 そこからまたコーラスだ。このコーラスの雰囲気がギュッとこちらを引き込んだところで威勢の良い女のラップがグイグイと押し込んでくる。かっこいい! だがこれはスヌープじゃない。掛け声でスヌープらしき人が出てくるがおじさんがまた語り始めて曲が終わる。次の曲では男たちが酒を飲んでいるようなシーンから、これまたすごいベースラインがブオンブオン始まり、バシャンバシャンとドラムスが響く。不穏な気持ちを掻き立てるキーボードが広がっていく。そしてスヌープのラップだ。滑らかだがナイフのような冷たい怖さもある。

 この曲「ジン・アンド・ジュース」はとにかく格好良かった。サビのコーラスもソウルフルなのに怖い。あの画面に映っていたセットの家。あの家に招かれずに迷い込んでしまったような、自分が場違いに思える気分。そこで展開されている楽しげな雰囲気はしかし、いつでも一転して修羅場になりそうだ。部屋で聴いているだけで僕は少し震えた。ハウス・オブ・ペインはかつて知っている怖さだったが、これはもっと異質だ。

 このMTVのビデオはマーベに貸した。その辺お音楽、全然知らないからさーと言うのでこのビデオがわかりやすいと思った。ヤマジは全然興味なしという顔だ。気づけば高校生活も終わりに差し掛かり、部活は引退試合を終えて後輩たちに引き継ぎ、それぞれの学生は受験モードに切り替え始めている。モリシは学校自体に来なくなっていた。ある日、そんなモードと一切関係ないサカが昼休みに来ていたのでヤマジと屋上に行った。

 「勉強頑張ってるか諸君!」

 「サカは気楽で良いよな」

 「おいおい、こっちはこっちで色々あって大変よ。こないだなんか吉祥寺でわけわかんな
い奴らに追っかけられてさ。やべえっつーの」

 「お前ら、なんかいつも走ってるよね」

 ヤマジがタバコに火をつけながら言う。ヤマジと渋谷に行った時、109前から道玄坂までをどど〜っと走ってる集団がいた。ロン毛でネルシャツ、デニムでそんなにアスリート感もない連中が全力で走ってた。その集団の中にサカがいた。

 「あれ、サカじゃね?」

 ヤマジがお〜いと声をあげるとサカがパッと横を向いて手を顔の前に出してごめん! みたいなポーズを取って走り去っていった。

 「話しかけんな、みたいな?」

 「ま、お取り込み中なんでしょ」

 その時は僕らはさっとその場を離れた。

  「走りたくて走ってるわけじゃねえよ。もう体力ねえし!」

  「タバコやめたら?」

 屋上でそんな会話を交わす。サカは何やら楽しそうには見えるがこないだ聴いていたスヌープの、あのイメージの家の中のような雰囲気も持っている。ヤマジとサカはレッドホットチリペッパーズは今後どうなるか? みたいな話をしている。「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」以後ギタリストのジョン・フルシャンテが辞めていた。

  このアルバムはヤマジに借りて聴いたが、めちゃくちゃ良いと思った。アンソニーの歌とラップは楽しさと悲しさを合わせ持っている。修羅場のムードもなんとなく漂う。でも、スヌープとはちょっと違う感じだ。教室に戻るとマーベが申し訳なさそうな顔をして寄ってきた。

 「クウ、まじごめん.……あのビデオさ、姉貴が勝手に深津絵里のドラマを上からダビングしてやがった。消えちゃったよ……」

 なんとなくそう言うものだ、と納得できた。あの暗い眩さは一瞬の体験だったのだ。

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