ダースレイダー連載小説『Mic Got Life~ライム&ライフ~』第3回「ハウス・オブ・ペイン」

 ビースティー・ボーイズは「ルートダウンEP」に続いてアルバム「イル・コミュニケーション」をリリースした。とにかくかっこいい曲だらけなのだが「サボタージュ」と言う曲はミュージックビデオも最高だった。

 70年代の刑事ドラマの一場面を再現したような作りで歌詞とは全く関係ない。これがとにかくイケてた。新宿の小板橋通りには海賊版のCDやライブビデオがずらっと並んでいる店があり、その店内にあるテレビではMTVがずっと流れている。そこではMTVをダビングしたビデオも販売していて、買ったうちの一本にビースティーのビデオも収録されていたのだ。

 その頃はロッキング・オンとクロスビートを舐めるように読んでいたのだが、ビースティー・ボーイズも特集を組まれていて、彼らのレーベルであるグランドロイヤルを中心としたアメリカ、特に西海岸のやたらと楽しそうなムードが誌面からも溢れていた。

 そんなふうにビースティーにはまっていた1994年4月5日、カート・コバーンが死んだ。そのことはヤマジには不思議な影響を与えていて、彼は全くその死を信じようとしていなかった。それまで通りにニルヴァーナを口ずさみながらノートに何やら歌詞を書き殴っていたが、カート・コバーンの死について振っても表情を変えずにスルーする。僕らはそのうちヤマジにその話題を振らなくなった。ビースティー・ボーイズがガレージロックという特集枠で紹介されていたクロスビートはカート・コバーン追悼特集号でもあり、表紙にはドーンとカートが載っていた。僕は学校でそれを広げていたがヤマジは話しかけても来なかった。

 代わりに珍しいやつが声をかけてきた。サカだ。サカはほとんど学校には来てなくて、たまにバイクに乗ってやってきて校庭にエンジン音を響かせたり、スケボーを持ってきて廊下を滑走して教師に怒鳴られたりしていた。学校に来ても部室が集まる別棟の屋上でタバコを吸っている。サカが来てるよ、と誰かが言うと昼休みに屋上に集まって馬鹿話をしていた。そんなサカが珍しく教室に来ていた。

 「お、クウ。それビースティーじゃん。あいつらいいよね!」

 「サカはこういうの聴くんだ」

 「当たり前じゃん!ロックとラップ、スケーターの必須アイテムがちゃんこだぜ」

 「ロックと……ラップか」

 「その新しいのはまだ聴いてないけどチェック・ユア・ヘッドはみんな聴いてんじゃね?」

 みんな、と言うけど僕はそれまで全く知らなかった。サカのみんなは僕の周りとは違う人たちなんだろう。ビースティーはロックバンドと言われても違和感は全くなかったし、クロスビートでもガレージロックの新しい形の一つとして紹介されている。ただマイクD、MCA、アドロックの3人が掛け合いしながら言葉をリズミカルに投げつけてくる感じは他のバンドには無いものだった。

 「他にもビースティーみたいな人たちっているの?」

 「俺、名前とかよくわかんないけどハウス・オブ・ペインとか?」

 結局サカは授業が始まる前に一服してくるわ、と出ていった。ハウス・オブ・ペイン。この名前には聞き覚え、というか見覚えがある。その日、家に帰ってCD棚を見たら入っていた。兄が置いていったCDの中にあったけど聴かずに棚に放り込んでいた。表ジャケにはいかつい男たちが並び、上半身裸でタトゥーの入った男が鋭い眼光でこちらを睨んでいる。彼らはどうやらアイルランド系アメリカ人らしい。この雰囲気を僕は知っていた。ロンドンに住んでいた頃、週末に近所のおじさんがケンウッドハウスにあるパブに連れていってくれることがある。

 そこは入った瞬間に子供には場違いだと感じさせる雰囲気プンプンだったがおじさんは構わずに僕たち兄弟を連れて入っていき、ビールを頼む。僕たちは羊肉とマッシュポテトにパイ生地を乗せて焼いたシェパードパイだ。僕は子供だったので理由は全くわかっていなかったがイギリスには北アイルランドと言う地域と同じ島の南部、アイルランドと言う別の国があり、IRAと言う組織は北と南の統一を目指していた。僕は彼らの目的の詳細はわからなかったが唯一知っていたのは彼らが爆弾テロを仕掛けている、とニュースでよく報じられていたことだ。当時のサッチャー首相を狙った爆弾がホテルに設置された事件もあった。実際、一度家族で地下鉄に載っていた時にこんな車内アナウンスが流れた。

 「IRAが爆弾を電車に仕掛けたとの警告がありました。電車は停車するのですぐに下車してください」

 不思議だったのは車内の人たちがパニックに陥るわけでもなく次々と慣れた様子で電車を降りたことだ。そのまま車掌の案内で僕ら乗客は線路を少し歩いて梯子を登った。梯子はマンホールのような穴に繋がっていて、そこから僕らは路上に出ていった。これは日常的な出来事なのだろうか?その時の乗客たちの妙に慣れた空気とそれでも漂っていた独特の緊張感は今でも思い出せる。これが子供だった僕のアイルランドに対する具体的な印象なのだが、おじさんが連れていってくれたパブはアイリッシュパブで客もアイルランド人だらけだった。

 ある晩、パブでギューギューの客の中で男たちがスヌーカーをやっていた。僕たち兄弟は椅子に座ってパイを食べていたのだが、本当に突然に店の空気が変わった。それまでビール片手にスヌーカーをやってた男たちが突然怒鳴り合いを始めると店の中の人の塊が真っ二つに割れて揉め始めた。あまりにも急だったので僕らは何が起きたのかわからず、驚いて固まってしまった。おじさんがパッと僕らの前に立って守ってくれる姿勢を取った。一体どうなるんだろう? と見ているとスヌーカーのキューを持った男が目の前の男の頭に向けて思いっきりキューを振り下ろした。バキッと鋭い音がしてキューが折れて、殴られた男は頭からピューッと流血して倒れる。すると周りの男たちが流血した男を抱き抱えると店の外にポーンと放り出したのだ。折れたキューを持った男は鋭い眼光でグッと周りを睨んだ。

 「イカサマ野郎め。舐めた真似しやがって」

 そう言うと置いてあるビールをぐいっと飲み干した。真っ二つに分かれていた店の客はまるで何事もなかったかのようにそれぞれに酒を飲み、会話に戻っていった。ハウス・オブ・ペインのジャケットの写真に映っている男は、この時の男にそっくりだった。

 CDをプレイヤーに入れるとまずはウッドベースとドラムが鳴るイントロに続いて凄まじい曲が始まった。なんの楽器かわからない音が跳ねるようなリズムを奏で、荒々しいドラムに馬の嘶く声のようなものが叫び続ける。そこに野太い男の声で歌が始まる。異様なまでに攻撃的でいて切れ味がスパスパと鋭い。すごいテンションの演奏の中、男は一際渋い声でこう歌った。

 「Jump around! Jump around! Jump up jump up & get down!」

 するとコーラスで「ジャンプ! ジャンプ!」 と大合唱が始まる。部屋であぐらをかきながら聴いていた僕は今の自分の体勢が間違っていると思ったがどうすることも出来ず、尻の方をドラムに引っ叩かれているような気分のまま聴いていた。とにかく一発で気持ちは高々とジャンプしていた。曲を聴くだけでこんな気持ちになるなんて初めてだ。

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