枡野浩一、穂村弘、くどうれいんが語るブックデザインの魅力 「SPBS」15周年記念イベントレポ
装画はツイキャスで知り合ったアーティストのもの
出会った人たちとの縁が詰まっている一冊です
くどう:私は名久井さんが装丁をしてくださった『虎のたましい人魚の涙』(講談社)を上げるか悩んだんですが、せっかくSPBSさんでお話ができるので、一番愛していただいている『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)にしました。
枡野:この改訂版を出すためだけに出版社が立ち上がったんですよね。その人の本(盛岡の独立系書店「BOOKNERD」店主・早坂大輔による『ぼくにはこれしかなかった。』)を先に読んで何が起こっているんだろうと思いましたよ。
くどう:もともとは自費出版で500部くらい、A5サイズの薄くて青い本をつくっていて、それを「BOOKNERD」という盛岡の本屋さんに持って行ったら、「うちで書籍化しませんか。かねてより出版をやってみたかったんです」と言われて。たった一人で営む小さな本屋さん、しかも開いたばかりで経営がどう動くかも分からない状況のなか、私の本を一冊目に選んでくれていいのだろうかと、最初はすごく不安でたまらなかったです。
初版の方はとにかくタイトルを大きく出したいという気持ちで、私が作った桃のフレンチトーストの写真の上に白い明朝体ででかでかとのせて。この時の名前はひらがなじゃなくて漢字名義で、自分のことを知っている人が買ってくれるものだと思っていたので、遠くに届く想定をまったくしていませんでした。中もカラーのページがあったり、一つひとつ料理の写真が入っていたりします。
改訂版で名前をひらがなにした理由は単純に読み間違えられたくないという一心だったので、まさかこんなにいろんな本屋さんに置いていただき、そのまま書くお仕事をいただけるようになるとは思っていませんでした。現在の作家名である「くどうれいん」になったという意味でも、運命的な一冊だったなあと。
リトルプレスの本においては、原価の高い文庫サイズにすることがまず大きなハードルで、A5サイズや四六判の方が安くつくることができるんです。でも早坂さんが本当に初めての本づくりだったというのが良く働いて。かっこいい本を作りたいという思いが先に来て、後から全然利益が取れないことに気づき泡を吹くんですけど(笑)。
枡野:たしかに、このサイズでこの装丁だったらもっと高くても良かったかもしれないですね。
くどう:それを私がごねてしまって、いろんな人の文庫本は数百円で読めるのに、自分の本が1500円となると買う側としてはあまりに許せない価格というか、何者なんだという(笑)。交渉を重ねて今もギリギリのところで刷り続けてもらっている感じではありますね……印刷代も上がってきているので。
ブックデザインとしては文庫版で出せたということと、渋いピンク色の装丁が気に入っています。装画は山﨑愛彦というアーティストのもので、彼とはツイキャスで知り合って「いつか一緒に本が出せたらいいね」と言っていたのが実現した形です。皆さんによく言っていただけるのは、サイズ感がちょうどいいということ。プレゼントにしてくださったり、ジーンズのポケットに入れて旅行先を訪れる、といった使い方をしてくれたり、嬉しいですね。
「homesickdesign」という盛岡で一番イケてるデザイン会社さんにほとんどお任せしてつくったので、私からオーダーしたのはクラシックな表紙がいいということくらい。私は俳句や短歌もやっていて、おじいちゃんやおばあちゃんのファンも多かったから。結果的にまったく老眼向けでないテキストサイズの本になってしまったんですけど(笑)。
あとはこのサイズにしたおかけで、盛岡の自動販売機で私の本が買えるようになっています。盛岡駅前に「吉浜食堂」っていう美味しいお店があるんですけど、クッキーやコーヒー、ウニなどを自動販売機で買えるようにしていて、その一つに入れてくださっているんです。
枡野:え~いいなあ。僕それずっと憧れていて、自販機買おうかと迷ったくらい。
穂村:僕が羨ましいのは、自分が若くて無名のタイミングで、同じように仕事を始めたばかりの人と盟友のような感じで一緒に世に出ていって、「あの人の本といえばあの人」みたいな……そうなる人いるじゃん? 本に限らず音楽もなんだけど。僕の場合はブックデザインが好きすぎて憧れの先輩がたくさんいて、今あの人に頼まないとっていう発想にいってしまったから。
くどう:こうして振り返ると、盛岡という土地で高校時代に目立てたというのが、人生の中で大きかったんだろうなあと思います。東京だと叶えてくれる人と、叶えてあげたい若者がたくさんいる。私は盛岡でそういう人たちとたまたま出会うことができて、いろんなご縁が詰まっている一冊です。
枡野:くどうさんの本を読むと面白い人がいっぱい出てきて、こんな変な人たち本当に実在するんだろうかと思うんだけど、本の最後の対談とかに出てきたりするから本当にいるんだなって(笑)。でもそれは、きっとくどうさんが呼んでるんだろうね。
人を惹きつけるオーラは時が経っても変わらない
くどう:私のもう一冊の本は、深沢七郎の『言わなければよかったのに日記』(中央公論社)です。先日名古屋で仕事があって「ON READING」さんという書店に行った時に、せっかくだから何か記念になるような本を買いたいと思って古本の棚を見ていたらこのタイトルが目につきました。空腹本が日記本のカテゴリとされることも多いので興味があったのと、言わなければよかったと思うことがちょうどあって、自分に見つかるために並んでいたのではと思ってしまって。
正直、古本を買う習慣がほとんどないんですが、棚から取り出した時に、手書きの表紙のデザインがものすごいかっこよくて、いわゆる“ジャケ買い”みたいなことを久しぶりにしました。深沢のことも不勉強で知らなかったんですけど、開くとご本人の写真がどかんと出てきて「あ~言わなきゃいいこと言いそう!」みたいな、この一枚でイチコロになってしまいましたね。
構成としては、深沢はもともとギター奏者なんですが、初小説で評価されていきなり作家扱いを受けるようになり、聖人のように周りから接されることが増えて、それに対して延々と悪態をつくだけの本なんです。作家らしさみたいなものに参っていたり、思っていた以上に作品が評価された時に自分が追いついていかない感じが、恐れ多くも自分の状況と重なるようなところもあって読み進めました。
この装丁は佐野繁次郎という人のものなんですが、昨日下北沢の古本屋さんに行ったら作品集が偶然あって手に取ったんです。彼は画家なんですが、プロダクトデザインもおしゃれというか、絵みたいな文字を書く方で、すごくモダンな雰囲気も出ていて……こういう手書き文字の装丁は憧れるなあと思い選んでみました。
穂村:すごく有名な装丁ですよね。書き文字はその人が死んだらもうできないから生きているうちにお願いしたい。そういう人は何人かいますね。
枡野:文字のデザインって難しいですよね。できそうだけど、やっぱりデザイン能力がないとなかなかできないと思います。
くどう:全然知らなくても手に取れるブックデザインの力ってあるんだと思いました。手書き風のデザインが流行った時期もありましたが、手書きだからいいという感覚ではなくて。人を惹きつけるような字のオーラがあったような気がしていて、それは時が経っても変わらない。メロメロになってしまいましたね。