西尾維新、100冊の著作を積み上げてきた20年の軌跡ーー〈戯言シリーズ〉最新作に寄せて

西尾維新、デビュー20年の軌跡

 首を洗って待っていた人はおめでとう。いくつもの戯言を散りばめて帰ってきたあの世界に今一度、足を踏み入れることができるから。ベストセラーだと聞いて訳も分からず手に取った人にはありがとう。広大にして深淵な西尾維新という沼に捕らえられ、ずんずんと分け入っては抜け出せなくなるはずだから。〈戯言シリーズ〉最新作と銘打たれた『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』(講談社ノベルズ)は、そんな歓喜に満ちた一冊だ。

 私立澄百合学園に通う玖渚盾という15歳の少女が、夏休みになって帰省しようと横断歩道を渡っていたところを走ってきた車に跳ねられた。おまけに転がって横たわっていた頭を、車から降りてきた美女に踏み潰された。ここでもう、西尾維新が2002年に第23回メフィスト賞を受賞してデビューした作品『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』を読み、〈戯言シリーズ〉を完結まで追いかけた人なら何が起こったのかピンと来るだろう。

 哀川潤。人類最強の請負人がいつものような傍若無人をしでかしたのだとワクワクし、何をしでかしてくれるのかとドキドキしてしまう。本作は〈戯言シリーズ〉であって哀川が主人公となった〈最強シリーズ〉ではないから、哀川の登場は『クビキリサイクル』と同様に顔見世程度に過ぎないかもしれない。それでも、強烈すぎるそのキャラクターは少なくない人を虜にし、〈戯言シリーズ〉から〈最強シリーズ〉や〈人間シリーズ〉へと繋がっていくワールドを味わい尽くせずにはいられなくする。

 これには、『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』という小説自体が、初の西尾維新体験だという人でも、引き込んで離さない面白さに満ちている必要がある。哀川の強烈すぎる登場から、血塗れのまま車に乗せられ世界遺産らしい玖渚城へと連れて行かれ、そこで母方の祖父母と対面した盾が驚天動地の事態に見舞われるというストーリー。訳ありの父親と母親を持ち、とりわけ母方の親族は世界遺産を隠居場所にできる大物だという背景を含んで読んで行った先で、起こる猟奇的な事件の真相や、盾が母親から絶対法則として「機械に触れるな」と言われていた理由に驚けるだろう。

 ミステリとしての妙味に酔い、次々に現れる突拍子もないキャラクターたちに魅了され、とめどなくあふれ出してくる言葉に昂揚感を覚えたとしたら、それこそが西尾維新というクリエイターが持つ魅力の根源だ。他にどのような小説を書いているのかを読んでみたくなって不思議はない。とりあえず哀川潤とは何者で、盾の両親がどのような冒険を繰り広げてきたのかを知りたいと、〈戯言シリーズ〉の始まりで西尾維新の20年の始まりでもある『クビキリサイクル』へと遡ろう。そして、シリーズが完結を迎えた『ネコソギラジカル』3部作まで辿ってみよう。さらにとてつもないキャラクターたち出会えて、心底からハマってしまうはずだから。

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