千街晶之のミステリ新旧対比書評 第17回:三島由紀夫『黒蜥蜴』×湊かなえ『人間標本』

美輪明宏の当たり役だった『黒蜥蜴』の主人公

2026年6月20日、美輪明宏が91歳でこの世を去った。「メケメケ」「ヨイトマケの唄」などのヒット曲で知られた歌手、舞台・映画・ドラマで唯一無二の存在感を示した俳優、原爆体験を持つ戦争の語り部、芸能界における同性愛カミングアウトの先駆者、天草四郎の生まれ変わりを称するスピリチュアリスト……数多くの顔を持つ不世出の異才だった。
俳優としての美輪を代表する当たり役が、三島由紀夫の戯曲『黒蜥蜴』の主人公である。これは江戸川乱歩の同題長篇(春陽文庫、創元推理文庫、角川ホラー文庫、集英社文庫)を三島が戯曲化したもので、初演と同じ1962年に新潮社の『三島由紀夫戯曲全集』に収録された。初単行本化は1969年の牧羊社版で、学研M文庫、岩波文庫を経て、現在は2026年刊の創元推理文庫で読める。1962年の初演では初代水谷八重子が黒蜥蜴を演じ、その後も小川真由美や坂東玉三郎ら多くの俳優がこの役に扮したが、やはり1968年に黒蜥蜴を演じ(当時の芸名は丸山明宏)、その後数十年に亘って演じ続けた美輪明宏のイメージが最も定着している。
『黒蜥蜴』は映像化の例も多いが、乱歩の小説をもとにしたケース、三島の戯曲をもとにしたケース(2つの映画版はいずれもこちら)、両者を折衷したケースなどさまざまである。稀代の女賊・黒蜥蜴と日本一の名探偵・明智小五郎、同格の知性を持ち同じ犯罪美学を共有する宿敵同士が、追いつ追われつの駆け引きを繰り広げつつ互いに惹かれる——というキャラクター描写は、三島の戯曲のほうが掘り下げられている。
大筋はほぼ同じとはいえ、小説にはあるが戯曲ではカットされたエピソードや、逆に戯曲にしかないオリジナルのエピソードもあって、三島が原作をどう取捨選択したかを検討すると興味深い。原作から戯曲に継承された名場面の1つが、クライマックスの「恐怖博物館」だ。美しいものをこよなく愛する黒蜥蜴は、宝石商・岩瀬が秘蔵する巨大ダイヤモンド「エヂプトの星」のみならず、岩瀬家の令嬢・早苗をも我がものにしようとする。早苗を拉致した黒蜥蜴は、彼女に自分のコレクションを披露する——生前の姿のまま剥製にした美しい男女を。
ここは深作欣二監督による二度目の映画化では、三島由紀夫本人が剥製人形役で出演し、美輪明宏にキスしてもらったりしている(気合いが入りすぎて、人形役なのにピクピク動いている)。1968年の舞台でも三島は千秋楽に人形役で出演したようで、いくら何でも原作者特権を行使しすぎである。
湊かなえ『人間標本』の挑戦

ところで、乱歩の『黒蜥蜴』自体が名探偵と女怪盗の対決を耽美的に描いた小説であり、戯曲では三島がそれを更に絢爛たる台詞で飾り立てたため、生きているような剥製人形などという現実離れした代物が出てきても、そんなものを当時の技術で作ることが可能なのか……といった野暮な疑問は抱かずに済むわけである。では、現代を舞台にしてこの趣向は再現できるのか。技術的には乱歩や三島の時代よりは実現可能に近づいたとしても、絵空事っぽさは拭えないのではないか。ところが、敢えてそれに挑んだ作品があるのだ。湊かなえの長篇、その名も『人間標本』だ。
湊かなえは2008年に『告白』(双葉文庫)でデビューし、サスペンス小説の第一人者として活躍してきた作家だが、『人間標本』はかなりの異色作と言えるかも知れない。2023年にKADOKAWAから単行本として上梓され、2025年に角川文庫版が刊行された。
N県のキャンプ場で、6人の未成年男性の遺体が発見される。6人とも着衣はなく、体を切断されたり塗料のようなもので着色されたりしていた。やがて、蝶博士と呼ばれている大学教授・榊史朗が警察に出頭した。彼は直前に、「人間標本」なる手記をネットにアップしていた。そこには、画家だった父・一朗の影響で昔から蝶に愛着していた彼が、6人の美少年を殺害して蝶のように標本に仕立てる過程と、その「標本」の写真とが掲載されていた。しかも、6人の中には史朗自身の息子・至も含まれていたのだ。
まるで『黒蜥蜴』を継承したかのような美学的犯罪、しかも親による子殺しという禁忌。著者の作品中でも最もセンセーショナルな内容だ。しかし著者の他の作品がそうであるように、世間から見える事件の表層の裏には必ず思いがけない真実がある。誰かに見えているものが、別の誰かが見ているものと同じではない——というテーマに、蝶のモチーフを巧みに重ねている。
著者の作品は多くが映像化されているけれども、内容の衝撃度からして、『人間標本』の映像化は不可能に近いと思っていた。ところが、2025年、本作はAmazon Prime Videoで実写ドラマ化され、世界配信された。なるほど、地上波ドラマや映画は無理でも、今なら配信で可能になるわけである。
主人公・榊史朗役の西島秀俊をはじめ、実力派キャストが緊迫感のある心理劇を繰り広げるが、もう一つの見どころは、原作で詳述されているおぞましくも美しい「人間標本」を映像でいかに再現したかという点。榊至を演じた梨園のプリンス・8代目市川染五郎をはじめとする若手美形俳優たちがどんな「人間標本」になったかは、実際に映像で確認していただきたいところであり、あの世の江戸川乱歩や三島由紀夫の感想を聞いてみたくもある。
因みに、市川染五郎の祖父・2代目松本白鸚と父・10代目松本幸四郎は、2008年、乱歩の小説『人間豹』(春陽文庫、創元推理文庫、集英社文庫)を原作とする新作歌舞伎『江戸宵闇妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ)』でそれぞれ明智小五郎と敵役の恩田乱学を演じ、2023年の再演では幸四郎が明智、染五郎が恩田を演じた。その初演を観たことで染五郎は、乱歩の小説に興味を抱いて愛読するようになったらしく、乱歩美学に魅了された高麗屋3代と、蝶に惹かれる一朗・史朗・至の榊家3代は図らずも妖しく重なり合うかのようである。























