ウツ患者が婚活に挑戦、そのメリットとは? 『ウツ婚!!』の実践的なアドバイス

『ウツ婚!!』を読む

 ウツに対してどんな印象を持っているだろうか。

 心の病が体の健康にも影響し、さまざまなことが困難になってしまう……。そんなところかもしれない。症状は人によって異なるので、一括りにできないが、社会生活を送るのが難しくなるのは等しく共通しているのではないだろうか。

 実は、筆者は25歳でウツを患って、起き上がることすら困難で笑顔の作り方すら忘れた経験がある。15年ほど前のことだが、人との交流をすべて遮断し、外界との接触を持たないようにしていた当時を思い出すと今でも怖くなる。

 だから、“ウツ”で苦しんでいる人に“婚活”を指南するマンガ『ウツ婚!!』の存在を知って驚いた。荒療治なんじゃないか、と。 現在3話まで公開されている本作は、『ウツ婚!! 』(石田月美著、晶文社)を原作としている。マンガを読んでから、原作も手に取ってみたが、読んでみたらウツ婚が理にかなっていることがわかったし、ウツに関係なく人付き合いが苦手な人にとっても役立つ情報が沢山詰まっていると思った。

 というわけで、今回は『ウツ婚!!』について書いていきたいと思う。

ウツ患者の苦しみを笑っていいのか……? 葛藤する「物語編」

 『ウツ婚!!』は2部構成になっており、前半は作者である石田月美の実体験を包み隠さず書いたのであろう「物語編」になっている。

 月美は、ウツと過食を繰り返し、家族に引け目を感じながら深夜にコンビニに走る日々を送っている。そういった生活をやめたくても、罪悪感と不安を埋めるために過食し、現実と向き合いたくなくないからそのまま眠りについているのだ。お風呂に入るのも一苦労で、挨拶代わりに「死にたい」と口にする。

 自分の居場所は、通っているメンタルクリニック。それだって、気休めの言葉をかけて欲しいからだ。

 だが、ある日のカウンセリングで主治医から「結婚すれば」と言われる。ウツを患っているだけでなく、過食で体重は90キロ。肌はザラザラで髪は伸びきっていて頭皮は脂だらけ。正直、婚活とは程遠い存在なのだが、その一言(と『スラムダンク』の安西監督の言葉)がきっかけとなって結婚に向かって走り出す。

 巷に溢れる婚活事情を聞くに、婚活は簡単ではない。それをウツ患者がしようというのだからハードルは一気に上がる。その必死な姿を娯楽感覚で読んでいいのかわからないが、物語編はとにかく面白い。

 まず、リズムが良い。ワードチョイスのセンスには嫉妬したくなるほど。恐ろしいほどの引用とサブカルフレーズの数々で織りなすその物語からは、石田の知性がダダ漏れだ。能ある鷹は爪を隠すというが、隠すことすらできない生真面目さが、石田の好感度を上げる。 実は石田本人とコンタクトが取れた際に聞いたのだが、膨大な引用は嫌な思い出や強いトラウマ体験を思い出してしまうフラッシュバックを避ける工夫なのだそうだ。

全ての人に送る「HOW TO編」

 あなたは、万引きがやめられない人や過食嘔吐してしまう人へのオシャレアドバイスなんて読んだことがあるだろうか? 『ウツ婚!!』には書いてある。

 それ以上の具体的なアドバイスも得られる。歯の磨き方、シャワーの浴び方、洋服の選び方、話題の選び方……、当たり前のことが当たり前にできなくなった人たちに向けて、丁寧すぎるほど丁寧に、ひとつひとつの悩みにそって書いているのだ。 そして、それらのアドバイスはメンタルを病んで苦しんでいる人にだけ効果的なのではない。誰にだって当てはまるし、悩んでいるけれど誰もアドバイスしてくれないようなことなのだ。

 例えば、婚約者の実家に挨拶に行くときは「『怪しい人間でないことのアピール」のみです。(中略)あなたの素敵なところはこれから徐々に伝わります。そして逆も然りです。この場は平穏無事に終えることだけを目指しましょう。すっごく好かれる必要もすっごく嫌われる必要もないのです」とアドバイスしている(中略の部分にかなり詳しい助言があるのでぜひ読んで欲しい)。

 また、両家の顔合わせで親の行動に少々不安がある場合は「わざと分不相応な格式高い場所で行い、両親が「よそ行きの顔」を外せないようにしましょう」とアドバイスする。「高級な食事処というのは人を緊張させます。さらにサービスに関してもかなり融通が利きます。そして結局、肩肘張って料理の説明を聞きながらコース料理を食べ終えただけで終わってしまいます。それでも、顔合わせはちゃんと行なったことになるのです」(『ウツ婚!!』より抜粋)と書いている。

 筆者は15年以上前に結婚したが、当時の雑誌には「カレ母は見ています! 挨拶で失敗マナー」みたいな特集が組まれており、手土産の選び方や洋服の選び方、座布団の座り方、お礼状の書き方までビッシリ指南されており、ひとつでも間違えたらお先真っ暗、のようなことが人生の先輩の失敗談や成功談と共に紹介されていた。

 『ウツ婚!!』は、筆者が参考にした雑誌とは対極の存在だと言えるだろう。

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