朝井リョウが突きつける、承認欲求という大敵ーー認められたいという欲望の厄介さ

朝井リョウが突きつける、承認欲求の罠

 食欲、性欲、睡眠欲が、人間の三大欲求だと言う。本当だろうか。確かに人から睡眠と食事を奪うと生きてはいけないし、下腹部でとぐろを巻くようにのたうち回るリビドーに抗うことは難しい。

 でもこんな飽食の時代に、マッチングアプリひとつで手軽に渇きを満たせる時代に、三大欲求なんていかようにでも制御できてしまう。むしろもっと厄介な欲求が他にある。簡単には埋められなくて、蔦のように足元を搦め取り、やがて全身を覆い、口を塞ぎ、息もままならぬほどに蝕み、人を狂わせるもの。それが、承認欲求だと僕は思う。

 承認欲求は、SNSが発達し、今誰がどこで何をしているか、見えなくてもいいものまですべて可視化されてしまったこの時代の罠だ。僕たちはいつも誰かと比べ合っては、落ち込んだり、出し抜きたいと躍起になっている。

 ゆとり世代を代表する作家・朝井リョウが、平成を舞台に描いた長編小説『死にがいを求めて生きているの』にも、そんな承認欲求に雁字搦めになった者たちの煩悶が炙り出されている。本作は、8人の作家による文芸競作企画「螺旋プロジェクト」の1編であり、ある都市伝説を下敷きに「血」と「対立」を描いた歴史スペクタクルだ。けれど、そうした枠組みを外しても、平成の時代を生きた人々の懊悩の記録として読み手の心をなぶり、痛めつけ、もぎ取るだけの残酷な快感がある。

 特に生々しいのが、本作の中心的人物である堀北雄介と、ある討論番組への出演をきっかけに雄介と交流を持つことになる大学生の安藤与志樹だ。

 雄介は小さい頃からヤンチャで、文武両道のリーダータイプ。その好戦的な気性も、恵まれた運動能力も、中学生くらいまではおおむね価値があるものとして認められていた。

 一方、与志樹も中学時代までは成績優秀。相手の期待を読む力に長け、弁舌に優れる与志樹は校内で開かれたプレゼン大会でグランプリを獲るなど、目立つ存在であると自認していた。

 だけど、必死に縋りついていた栄光のメダルは、場所を変えればただのガラクタになる。周囲が少しずつ成長し、大人になっていけばいくほど、雄介の粗暴さは幼さになり「あいつって、絶対に童貞だよね」と陰口を叩かれ、与志樹の弁論はただの陰キャの早口となって「妖怪唾吐き」と揶揄される。人も、時代も、価値観も、どんどん変化していくのに、自分だけが変わらない。かつて輝いていた自分は見る見る遠のき、周囲の嘲笑だけが残響となって冷ややかに耳を刺す。

 そんな自分を認めたくなくて、雄介も与志樹も何かをしようとする。北大生の雄介は、大人たちによって禁止されたジンギスカンパーティー(ジンパ)を復活させるための学生運動に熱を上げ、与志樹は音楽に政治的主張を盛り込んだレイブの活動に入れ込む。

 だけど、どちらも真にやりたいことではない。雄介はジンパなんてしたことないし、人に言って聞かせるだけの政治思想も関心も与志樹は持ち合わせていない。ただ、何かをやっていれば、人にすごいねと言ってもらえるから。人がやっていないことをやれば、自分は特別な存在だと思えるからやっているだけ。

 番組で知り合った同世代の仲間たちのグループトークの名前は「革命家の卵たち」。そうやって志を持って行動している人たちとつるんでいたら、自分もすごい人間になれた気がした。本当は自分だけとてつもなく薄っぺらいことに気づいているけど気づかないふりをした。

 そんな雄介と与志樹の姿が、あまりにも自分と似ていて、指先から悲鳴があがるような錯覚に震える。

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