『隣り合わせの灰と青春』から『ブレイド&バスタード』へ ベニー松山 × 蝸牛くも、ウィザードリィ対談

ベニー松山 × 蝸牛くも対談

 ゲーム好きにはコンピュータRPGの代名詞として知られるウィザードリィをモチーフにした小説『ブレイド&バスタード -灰は暖かく、迷宮は仄暗い-』が、2022年12月10日にDREノベルスから刊行された。書いたのは『ゴブリンスレイヤー』の蝸牛くも。シリアスで殺伐とした世界観が特徴のファンタジーを得意とする作家は、ウィザードリィの世界を書くに当たって、ベニー松山による伝説的なウィザードリィ小説『小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』から大いに影響を受けたという。今回、そのベニー松山と蝸牛くもが初めて対談し、お互いの作品をどう読んだか、そしてウィザードリィの魅力はどこにあるのかを語り合った。【インタビュー最後にプレゼント企画アリ!】
※メイン画像=左『小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』、右『ブレイド&バスタード -灰は暖かく、迷宮は仄暗い-』

ウィザードリィは油断するとパーティが容易に全滅する

ベニー松山先生

ーーベニー松山先生と蝸牛くも先生は今回が初対面ですか。

ベニー松山:お会いしたことはないですね。実はどこかですれ違っていたということはありませんよね?

蝸牛くも:初めてです。とても緊張しています。

ーーその緊張をさらに煽ってしまうかもしれません。蝸牛先生の『ブレイド&バスタード -灰は暖かく、迷宮は仄暗い-』を読まれた感想を、ベニー先生にお尋ねします。

ベニー:面白かったです。本当にウィザードリィだなと思いました。

蝸牛:ありがとうございます!

ベニー:お世辞じゃなくて本当に面白かった。その上で、ストーリーラインがしっかりしていて、次に引っ張られる展開になっているのが素晴らしいと思いました。ガッと一気に読みましたね。

蝸牛:ベニー先生にお見せして良いのかと思って書いていましたから、安心しました。

ーーベニー先生は今、『ブレバス』のことをウィザードリィらしいと指摘されましたが、それはどのようなところですか。

ベニー:ひりひりした感じですね。迷宮の中を一歩二歩進むだけでもドキドキするのがウィザードリィです。最初のころなんて玄室に入って戦った後は、一目散に逃げ帰るようなことをしなくてはならないゲームなんです。それではユーザーがついてこられないので、後から出てくるRPGはもうすこしユーザーが勇ましく振る舞えるようなバランスになりました。ウィザードリィは油断するとパーティが容易に全滅するゲームバランスで、その感じがすごく出ていました。

蝸牛:そう言っていただけるとすごく嬉しいです。玄室に入って正体不明の敵をビクビクしながら必死に倒して、その時に呪文も使い切ってしまって、やはりビクビクしながら帰っていくのがウィザードリィだと思っていたので、ベニー先生にそう思って読んでいただけたのは本当に嬉しいです。

ーー蝸牛先生自身もウィザードリィらしさを相当に意識して『ブレバス』を書かれたということですね。

蝸牛:意識しましたね。例えば新人の冒険者パーティが、迷宮を1歩ずつ攻略して行く状況は別の作品で書いていたので、今回はベテランの主人公を入れようとは思いましたが、これは他のウィザードリィ作品にベテランの冒険者たちの話が多かったのも理由です。ただ、その主人公が1人大暴れしているように見せてしまうとウィザードリィではないので、気をつけました。

ベニー:ウィザードリィは、たとえ高レベルの侍であっても1人で迷宮を歩くのは相当に危険な行為なんです。そのあたり、かなり慎重になって歩いている感じが表現されていましたね。それから、冒険者クランが新人を半ば奴隷のように集めてきたり、死体から装備をはぎ取って売りさばいたりするところも、ゲームでAボタンBボタンを操作して新規キャラを作成しては削除するという、序盤を楽に進めるために気楽に行っているようなことがリアルに突き詰めればこれなんだと思わせてくれました。

ーー『ブレバス』には主人公のイアルマスや、彼が拾って冒険に連れて行くガーベイジ、盗賊のララジャといったキャラクターが登場しますが、蝸牛先生は誰がお気に入りということはありますか。

蝸牛:全員、好きでお気に入りなので、そこに優劣はないです。ただ、イアルマスとガーベイジは書いているとサクサク書けますが、あの2人は迷宮のことしか考えていないので、ページ数が減ってしまうんです(笑)。そういう意味でララジャがいると、ワチャワチャやってくれてすごく助かります。あとはセズマール(最強の冒険者パーティを率いる戦士)が書いていて楽しかったですね。

ベニー:ララジャがいると、世界の解像度が上がる感じがありますね。

蝸牛:彼がいないと半分くらいの分量になってしまいます。

ベニー:冒険者としては底辺で生きているようなララジャが、それでも町を出ようとしない異常性が良いなあと思いました。ゲームで描かれる冒険者というのは本来、とても見合わないリスクを冒して危険地帯に踏み込んでいく、かなり頭のネジがぶっ飛んだ連中なんだということが分かりますからね。

シリアスとコメディの雰囲気が同居した、不思議な作品

蝸牛くも先生のアイコン(『ブレイド&バスタード』のキャラ・セズマール)

ーー『ブレバス』にはベニー先生の『小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』の影響はあるのでしょうか。

蝸牛:自分はウィザードリィの直撃世代ではないんです。1世代か2世代後といった感じで、ベニー先生や他の方の書かれた作品がウィザードリィのイメージになっています。それと違うものを書いてしまうとウィザードリィではなくなってしまうので、追いかけさせてもらいました。今はこんなものを書いてしまいましたがいかがでしょうか、といった立場です。

ベニー:目の前でそう言われてしまうと、なかなかに面映ゆいところがありますね(笑)。今回、『ブレバス』を読んでみて思ったのですが、こと最近で考えると案外こちら側に来る人がいなかったんですよ。どちらかと言えば現実をゲームにしてしまうような作品が多くなっていて、ゲームの中のことを現実に置き換えたらどういうことなのかといった、想像の余地を埋めていくような作品が今は主流ではなくなっている気がします。そういう時代に、『ブレバス』のような作品がバンと出て来てくれたのが嬉しいです。

蝸牛:今おっしゃられたことは、『ブレバス』に限らず、自分がファンタジーを書いている時には意識していることです。『灰と青春』にハマったのは、ゲームの中で起こっているのはこういうことなのだと分からせてくれる内容だったからですね。それで影響を受けました。『ゴブリンスレイヤー』でもそうなんですが、自分が意識して書いているところです。ありがとうございます。

ーーベニー先生は『ゴブリンスレイヤー』は読んでおられますか。

ベニー:コミック版の方を読んでいます。殺伐としていて良いなあと思います。ゲームの中ではいつも舐められがちなゴブリンが、真面目に考えれば非常に危険な生物なんだということを感じさせられました。やはりこうでなくてはねと思うんです。オークなども迷宮では最弱の部類のモンスターだけど、並の人間よりは凶暴で手強いんだという表現は大切だと思っています。

蝸牛:そうなんです。冒険者でなければ戦えないということは、レベル1の冒険者よりは強いということですよね。

ーーステイタスが見えたり聞こえたりするような作品もありますが、蝸牛先生やベニー先生の小説にはそうしたアクションは起こりません。

蝸牛:ステイタスが出るような作品も好きですし、自分でもやりたいなと思うこともありますが、実際に自分で書くとなると、どうしてそうなるのかを考えるところから始めなければならないので。なぜそのようなことが起こるのか、それが起こったら世界はどうなるのか、社会はどうなってしまうのか。それを考えて書くのが楽しいんですが、自分でやるとファンタジーではなくSFよりになってしまいそうだなあと。ゲーム世界が現実化してしまった謎を追っていく『ログ・ホライズン』や、ゲームシステムがファンタジー世界に持ち込まれてしまった結果を描いている『オーバーロード』は、とても凄い。

ベニー:色々なものが読めるのが良いことで、ステイタスが開いてレベルが分かるような作品も悪くないと思っています。これもコミカライズを読んだのですが『俺だけレベルアップな件』はそのあたり、すごく上手くやっていると思います。どのような設定でも世界観に上手く盛り込んで、そういうことなのだと思わせる構成力があれば面白くなります。いろいろなタイプのファンタジー小説があって、読者が取捨選択できるような状況が1番良いですね。

ーー蝸牛先生とウィザードリィ小説との出会いは『灰と青春』からなのですか。

蝸牛:最初に小説に触れたのは、竹内誠先生の『ウィザードリィ異聞 リルガミン冒険奇譚』という短編小説集でしたね。それから、双葉社から出ていた大出光貴(伊吹秀明)先生の『小説ウィザードリィ① 狂王の試練場』を読んで、その次くらいにベニー先生の『小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』を読んでハマりました。実は、小説より先に触れたのは、双葉社から出ていた『ウィザードリィ4コマまんが王国』でした。ゲームの存在自体はそれ以前から知っていたのですが、がっつりしたファンタジーで、なのにキャラクターはサクサク首をはねられて死んだり灰になって消滅し、そしてギャグも許される、シリアスとコメディの雰囲気が同居した、不思議な作品だという認識を持っていました。ビデオを手に入れて見ましたが、OVAも面白かったですね。

ベニー:昔、自分がウィザードリィ小説を書いた時には、容赦なく殺伐とはできませんでした。『灰と青春』は最初の連載がゲーム攻略誌の「ファミコン必勝本」だったんです。編集部からは迷宮あるあるを連載五回くらいの短編で書いていこうよという話だったのを、二十歳の頃の僕は「ハイそうですね!」とイイ返事をしつつ、騙くらかして長編の正体を少しずつ現しながら書いていきました(笑)。そんな事情もあり、とにかく序盤は読者に受け容れてもらわなければ打ち切りなので、冒険者たちが装備をはぎ取られ、殺されていくようなハード展開を初っ端から入れたら読んでもらえないだろうと自重しました。「ファミコン必勝本」で小説というものを初めて読む人もいるかもしれないと考えて、連載時は末弥純さんのモンスターグラフィックを散りばめて、その間に文字を流し込むようなビジュアル重視の誌面にして興味を持ってもらおうとしたんです。ただ、ウィザードリィの世界をとことんリアルに突き詰めると、途轍もなく残酷無惨になるのだと示したいとは思っていたので、『ブレバス』で実現しているのは喝采を送りたいですね。

蝸牛:逆に自分がウィザードリィに触れた時にはもう、レベル1の名前さえ貰えない冒険者を使い捨てたり、酒場から一歩も出してもらえない「かんてい」や「そうこ」がいたり、そういったものがウィザードリィだ、という雰囲気になっていましたね。なのでウィザードリィの小説を書くなら、それを避けては通れないといった感覚です。『ドラゴンクエスト』のノベライズなどはとても面白いし大好きですが、ゲームのシステム面は考慮してない、完全なファンタジー小説になっている印象がありました。ゲームブックだと裏技を拾っているものなんかもあるんですが。一方『灰と青春』の場合は、たとえば戒律の違う冒険者が迷宮の入口で待ち合わせたり、死体を蘇生させる前に体力を回復させておくと蘇生率が上がるといったものもゲームのシステムで、それが小説に落とし込んでありました。なのでウィザードリィの小説を書くなら、ゲームで起きている事はどういう事か、小説に落とし込んで表現しなければならないと思っていました。当然、「あ」として装備を剥ぎ取られたり、蘇生させるより新規作成したほうが安上がりだと登録抹消されてしまう冒険者についても。

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