「転スラ」映画公開 逆境からの成り上がり、知識や経験を活かした活躍、異世界転生・転移物の尽きない魅力

異世界転生・転移物の尽きない魅力

 『転生したら剣でした』に『陰の実力者になりたくて!』とTVアニメの番組表に並ぶ異世界転生・転移物。その人気を引っ張る『』の劇場アニメも公開され、ジャンルとしてますます隆盛といったところを見せている。それはきっと、どこにでも行けて何にでもなれて、そして自分の持っている才覚や知識、飽くなき努力によって“逆転”できる夢を見せてくれるジャンルだからだ。

 シリーズ累計3000万部を突破し、“最強転生ファンタジー”というキャッチフレーズに相応しい人気ぶりを見せる伏瀬『転生したらスライムだった件』シリーズ。9月30日に発売された最新刊『転生したらスライムだった件20』では、転生した異世界でスライムから魔王へと成り上がったリムルが、宿敵とも言えるミカエルを制した一方で、仲間のミリムが戦っている場にヴェルドラの姉で「氷の女帝」と呼ばれるヴェルザードが現れ、戦況を一変させてしまう。

 最弱のスライムが力を溜めて強くなり、現世の知識を使って村を作り町へと広げ国へと発展させていく展開があり、竜に鬼に悪魔に天使といった存在を相手に戦って仲間にしたり、退けたりする展開もある「転スラ」シリーズ。その世界に自分が生まれ直して、人生をやり直しているように感じさせてくれるところが読者をとらえた。コミカライズやアニメ化で目に見えるようになったキャラクターたちの可愛らしさや格好良さで、ファン層を大きく広げた。

 11月25日公開の『劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編』は、そんなファンが待ち望んでいた完全新作の長編アニメーションだ。リムルを支える存在となっている大鬼族のベニマルたちにとって兄貴分にあたるヒイロが登場。リムルたちにラージャ小亜国の危機を救って欲しいと頼みに来る。2期に渡って放送されたTVアニメから入ったファンには、あのキャラたちに再会できる嬉しさがあり、ずっと先まで進んだ原作の読者も、知らなかった物語に出会える楽しさがある映画となっている。

 TVアニメの第3期も制作が決まって人気もさらにブーストしそうだが、原作の方はいよいよ最終章へと進み、第20巻のラストでリムルがとてつもない状況に陥る。最強の存在となり、最良の人生をやり直すだけではない波瀾を浴びせてくれるところも、異世界転生・転移物の面白さと言える。リムルがたどり着くのはどのような場所か。原作からも目が離せない。

 異世界転生・転移物といえば、『異世界かるてっと』としてコラボ作品が作られた丸山くがね『オーバーロード』、暁なつめ『この素晴らしい世界に祝福を!』、長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』、カルロ・ゼン『幼女戦記』の4作品が高い人気と知名度を得ている。アネコユサギ『盾の勇者の成り上がり』もアニメの2期で「いせかる」に加わったが、これらがジャンルの一角のさらに端っこに過ぎないことは、書店に並ぶ本の数を見ればすぐに分かる。

 2022年にアニメになった作品だけでも、佐藤真登『処刑少女の生きる道』、蘇我捨恥『異世界迷宮でハーレムを』、白米良『ありふれた職業で世界最強』、りゅうせんひろつぐ『賢者の弟子を名乗る賢者』、進行諸島『転生賢者の異世界ライフ? 第二の職業を得て、世界最強になりました?』と挙げればきりが無い。10月からも棚架ユウ『転生したら剣でした』や逢沢大介『陰の実力者になりたくて!』がTVアニメとなって放送されている。

 相変わらずの人気ぶりだが、ただ現実では叶えられそうもない夢を見させてくれる作品だからといった理由で、異世界転生・転移物が受けているという訳ではなさそう。『ありふれた職業で世界最強』の主人公、南雲ハジメは転移した世界で裏切りに遭い、どん底へと落とされ、腕を失いながらも這い上がって強さを獲得していく。『転生したら剣でした』の主人公も、「転スラ」のリムルのような生物ですらない剣に転生。そこから持ち主になってくれた少女をサポートする形で成り上がっていく。

 逆境からつかむ成功であり、誰かを通して実現する達成だからこそ味わえる喜びがある。異世界転生・転移物を単純な「俺TUEEEE!」の物語だからと思っていたら、実は現実にも増して多彩な人生を包含した豊かなジャンルだったことが、見えてきたと言えそう。そして今も、続々と挑戦的な設定を異世界転生・転移に持ち込んだ作品が続々と登場して、ジャンルを巨大なものへと成長させている。

 『ヤングガン・カルナバル』やアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』の脚本で知られる深見真による『二世界物語 世界最強の暗殺者と現代の高校生が入れ替わったら』は、異世界転移に人格交換という要素を重ねた新機軸。高校でいじめられていた海斗が気づくと異世界の暗殺者アベルになっていて、逆にアベルは海斗の体に入っていた。アベルの経験があれば現代のいじめっ子など簡単に撃退できるにも関わらず、海斗の貧弱な肉体の改造から始め法律の許す範囲で反撃を狙う。暗殺者の体に入った海斗も頑健な肉体に心を馴染ませて暗殺者の仕事に向かうようになる。ふたつの転生・転移を同時に楽しめる作品だ。

  日の原裕光『ニチアサ好きな転生メイド、悪を成敗する旅に出る~気づいたら、ダメ王国を建て直していました~』は、“ニチアサ”と呼ばれる子供向けのテレビ番組が大好きだったユキという少女が異世界に転生すると、世直しの旅を続けている姫のメイドになっていて、そこでユキはニチアサの番組で学んだ知識を活かし、培った正義の心を貫いて悪を成敗していく。魔法の力や剣の腕前がなくても、テレビ番組を見てさえいれば異世界で勝ち抜ける。そんな希望を持たせてくれる。

  いやいや、やっぱり力も知識も必要なのだと思わせてくれる作品が、津田彷徨『プロレス棚橋弘至! とビジネス木谷高明の!! 異世界タッグ無双!!!』だ。タイトルに名前が並ぶ棚橋弘至は新日本プロレス所属のプロレスラー、木谷高明はその新日本プロレスを買収したブシロードの創業者で、トレーディングカードゲームや『BanG Dream!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』といったコンテンツを生み出した実業家。その2人がトラックに跳ねられそうになった子供を助けようとして事故に遭い、飛ばされた異世界で見せる活躍が棚橋弘至なり木谷高明ならではの特徴を持っている。

  100年に1人の逸材と呼ばれる棚橋弘至はとにかく強い。オークでもドラゴンでも鍛えられた肉体と身に着けた技でねじ伏せていく。けれども威張らず負かした相手が望むならプロレスを教えて共に強くなろうとする。プロレスラーならではの圧倒的なパワーとフェアネスの精神があれば世界は変えられる。そう思わせてくれる活躍ぶりだ。

 一方の木谷高明は、数々のコンテンツを生み出し大きくした商才を異世界でもいかんなく発揮。アイドルをプロデュースして町を盛り上げ、織田信長が使った「楽市楽座」のシステムを導入して経済的に富ませ、異世界でめぐらされている謀略も見抜いて対抗していく。棚橋弘至であり木谷高明といった実在するキャラクターのスキルやノウハウが、異世界で発揮される様を見ながら現実世界への応用を考えさせてくれるアスリート小説で且つビジネス書。この手があるなら他の優れたビジネスマン、たとえばスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクが異世界で何ができるかも描けるかもしれない。

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