連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年11月のベスト国内ミステリ小説

11月のベスト国内ミステリ小説

橋本輝幸の一冊:西式豊『そして、よみがえる世界。』(早川書房)

 至近未来スリラーアクションにして著者のデビュー作。主人公は事件で脊髄を損傷し、身体を動かせなくなった外科医だ。そして物語を彩るのはメタバース競技、謎めいた少女、技術の天才たちが集う先端企業、猟奇殺人鬼などだ。登場人物の魅力や切実さはもっとじっくりと知りたかったが、まずは全編にみなぎる著者の意欲とエンタメ愛を評価したい。技術や芸術、人間へのほのかな希望が感じられる。身体障害者の社会参加の可能性が現実よりもう一歩進み、しかしまだ先は長い描写も好印象だった。第12回アガサ・クリスティー賞受賞作。

藤田香織の一冊:桂望実『息をつめて』(光文社)

 都会に紛れ、人の目を避けるように暮らしている主人公の土屋麻里。パチンコの景品交換所、連れ込み宿の清掃係、商店街にある総菜店の厨房スタッフ。職場で何かあるたびに仕事を移り、引っ越しを重ねる。住むのは決まって古いワンルーム。若くはない、しかしまだ年寄でもない51歳という年齢にもかかわらず麻里はどんな事情を抱えているのか——。その秘密自体はさほどの驚きはないものの、やがて登場する息子・岳の人物造形に震えた。いやーこんなのもうどうしろと? 絶望以外になにがある? 誰がわかってくれる? 胸が痛いよー。

杉江松恋の一冊:三津田信三『みみそぎ』(KADOKAWA)

 作家・三津田信三が登場人物として出てくるシリーズの最新作で、『のぞきめ』の姉妹篇という位置づけである。三津田信三が見るからに怪しい手記を入手し、よせばいいのに読み始めたために大変なことになってしまうという展開なのだが、絶対予備知識を入れずに読んだほうがいい内容で、かつ絶対に人にどんな話かを言いたくなる。ミステリーというよりはホラーなのだが今月読んだ中では最もスリリングで、ページをめくる手がどんどこ加速してしまう恐ろしい本だったので全員読んだほうがいい。夜中に一人で読んで三津田信三に呪われるといい。

 今月もえらいことばらけました。年末までこれは気が抜けないですね。

 さて、各種ベストテンランキングも発表になりましたが、昨年に引き続きやります。「リアルサウンド認定2022年度国内/海外ミステリーベスト10選定会議」、国内は監視塔メンバーの千街晶之・若林踏・杉江松恋の3名が、海外は川出正樹と杉江松恋の2名が数ある作品の中からベスト10を選出します。数あるランキングの中で、投票ではなく議論で順位を決定するのはリアルサウンドだけ。今年も12月下旬に発表しますので、どうぞご期待ください。選定会議の模様はYouTubeでご覧いただける予定です。気になる候補作はそれぞれ以下の通り。

【国内】
『入れ子細工の夜』阿津川辰海(光文社)
『エンドロール』潮谷験(講談社)
『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』宮内悠介(幻冬舎)
『神薙虚無最後の事件』紺野天龍(講談社)
『偽装同盟』佐々木譲(集英社)
『君のクイズ』小川哲(朝日新聞出版)
『#真相をお話しします』結城真一郎(新潮社)
『捜査線上の夕映え』有栖川有栖(文藝春秋)
『天国の修羅たち』深町秋生(角川文庫)
『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚』阿泉来堂(PHP文芸文庫)
『爆弾』呉勝浩(講談社)
『爆発物処理班の遭遇したスピン』佐藤究(講談社)
『方舟』夕木春央(講談社)
『ビブリオフィリアの乙女たち』宮田眞砂(星海社FICTIONS)
『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』鴨崎暖炉(宝島社文庫)
『名探偵に甘美なる死を』方丈貴恵(東京創元社)
『名探偵のいけにえ』白井智之(新潮社)
『リズム・マム・キル』北原真理(光文社)

【海外】
『アリスが語らないことは』ピーター・スワンソン(創元推理文庫)
『1794』『1795』ニクラス・ナット・オ・ダーグ(小学館文庫)
『彼女は水曜日に死んだ』リチャード・ラング(東京創元社)
『ガラスの顔』フランシス・ハーディング(東京創元社)
『彼は彼女の顔が見えない』アリス・フィーラー(創元推理文庫)
『キュレーターの殺人』M・W・クレイヴン(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『黒き荒野の果て』S・A・コスビー(ハーパーBOOKS)
『56日間』キャサリン・ライアン・ハワード(新潮文庫)
『殺しへのライン』アンソニー・ホロヴィッツ(創元推理文庫)
『シナモンとガンパウダー』イーライ・ブラウン(創元推理文庫)
『捜索者』タナ・フレンチ(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『父親たちにまつわる疑問』マイクル・Z・リューイン(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『光を灯す男たち』エマ・ストークネス(新潮社)
『ポピーのためにできること』ジャニス・ハレット(集英社文庫)
『ポリス・アット・ザ・ステーション』エイドリアン・マッキンティ(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『魔王の島』ジェローム・ルブリ(文春文庫)
『窓辺の読書家』エリー・グリフィス(創元推理文庫)
『名探偵と海の悪魔』スチュアート・タートン(文藝春秋)
『ロンドン・アイの謎』シヴォーン・ダウド(東京創元社)
『われら闇より天を見る』クリス・ウィタカー(早川書房)

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