【10月発売BLコミックレビュー】『CURE BLOOD』『スリーピングデッド』 “人ならざるもの”を題材に人の幸せを描く
毎月、筆者が「出会えてよかった」と胸に刺さったBL作品を紹介している「BLコミックレビュー」。今回は2022年10月に発売された作品のなかから2作品をピックアップした。
■2022年1月のレビュー
■2022年2月のレビュー
■2022年3月のレビュー
■2022年4月のレビュー
■2022年5月のレビュー
■2022年6月のレビュー
■2022年7月のレビュー
■2022年8月のレビュー
■2022年9月のレビュー
※今回紹介するうちの一作『スリーピングデッド』には性暴力被害に関する描写が含まれます。フラッシュバックなどの症状がある方はご留意の上、作品を手に取るようお願いいたします。
『CURE BLOOD』
(戸ヶ谷新/onBLUE comics/祥伝社)
ある日突然、抑えられない吸血衝動と死のうとしても死ねないほどの身体再生能力が発現し、老化スピードも著しく落ちるという異常な体になってしまった新人医師の上川忠雪と、先輩医師で彼に血を提供すると手を差し伸べた十字健。このふたりが共に過ごした数十年を描いた作品が『CURE BLOOD』だ。
本作の最大の特徴は、ふたりの間にある感情や関係性を明示していない点にある。BLでは性愛を描く作品も多いが、本作においてはキスすら描かれていない。相手への好意を示す「すき」という言葉すらも、終盤にしか出てこない徹底ぶりだ。BLの読者は登場人物の関係性を非常に重視する。本作は職場の先輩後輩であるふたりの間柄の変化を、とことん読者に委ねている点において、非常にチャレンジングな一作だと感じた。
また、ふたりが共に生きた数十年を1巻で完結させる、そのスピード感にも驚かされる。たとえば1話と2話の間。たった1話で、6年の時が過ぎていた。この遠慮なく時が過ぎていく残酷さが、死ねなくなってしまった忠雪の孤独を色濃くしている。
一方でスピード感ある展開は、ふたりが共に生きた日々を断片的にしか見せてくれない。にもかかわらず、ふたりの数十年で描かれていない時間もが、アルバムをめくるかのように鮮明にイメージできるのだ。それはきっと、忠雪と十字が必ず訪れる死別と孤独を正面から受け止めた上で、共に生きたいとそれぞれ自らの意思で選んだからだろう。この強いエゴと断片的に描かれた日々がリンクすることで、ふたりが目の前の一瞬一瞬をいかに愛おしみ、積み重ねて生きてきたかが伝わってくるのだ。
楽しい、嬉しいだけでなく、寂しい、つらいといった感情すらも、一緒に生きたいと思える人がいるからこそ噛みしめられる。生きる力にできる。こんなメッセージを本作から受け取った筆者は、このレビューを冷静に書く、タイピングする指の震えと涙が止まらない。
『スリーピングデッド 下』
(朝田ねむい/Canna Comics/プランタン出版)
昨年、「ゾンビのいる世界が舞台の“ゾンBL”はなぜ支持される? 増殖中の人気作から考察」という記事でも取り上げた『スリーピングデッド』。襲撃事件で命尽きてしまった高校教師の佐田を、マッドサイエンティストの間宮が蘇らせるという物語の始まり。くわえて佐田のゾン命維持のために必要な人肉確保のために殺人を犯すという倫理も道徳もない展開が、読者に衝撃を与えた。この衝撃から約1年。どんな着地をするのか全く想像できなかった本作が、見事としか言いようのない結末を迎えた。
間宮と佐田の関係は、あくまで科学者とその実験対象、所有物という、偶発的なものに見えていた上巻。展開も、佐田の延命のために人を殺めるという倫理観というストッパーのきかないスリリングな部分が先行している。しかし上巻のラストで仄めかされた学生時代のシーンが、ふたりの出会いに一気に意味を含ませた。そして下巻で明かされた学生時代の因縁からくる強い愛憎によって、展開が「佐田と間宮だけの世界」へと切り替えられていく。
このふたりだけの世界で描かれる、上巻ではなりを潜めていた佐田と間宮の本質的な部分にこそ、本作の最大の魅力がつまっている。周囲との調和を重視する佐田と、研究愛ゆえに周りの目を気にしない間宮。一見すると対照的なふたりだが、共依存にも近い関係性になっていく下巻では実は誰よりも分かり合える人間同士かもしれないと思える瞬間が随所に見られた。この片鱗が、ふたりが自分たちだけの世界に閉じこもっていく説得力となっている。
なお本作は、9月30日発売で10月発売のコミックスではない。筆者の読BLスピードが間に合わなかったため、9月の作品として紹介できなかったのだが、月末発売ということで10月のおすすめ作品として取り上げるのをお許しいただきたい。
大切な人と過ごした時間でしか得られない幸せや強さも必ずある
これまでの人生で、「人はひとりでは生きていけない」という言葉を何度も耳にしてきた。食べるものだって、着るものだって、住むところだって、人の手を介さなければ得られない以上、社会の歯車的に考えれば納得せざるをえないとは思う。
しかしそれが「大切な人とそばにいる」という意味合いになると、綺麗ごとだと思う自分もいた。ひとりで生きる幸せだってあるし、ひとりだからこそ味わわなくて済む苦痛もあるからだ。しかし今回紹介した2作品を読んで、「一緒に生きていきたい」と思う人との時間を積み重ねることでしか得られない自分の意外な一面や生きる力もあるのだと、改めて教えてもらった。そして自分も誰かにとってそんな存在になれたらいいなと素直に思う機会も、この2作からもらったと思っている。