【8月発売BLコミックレビュー】『百と卍』『とめどなく、シュガー』……ふたりの未来に祝福を

 毎月、筆者が「出会えてよかった」と胸に刺さったBL作品を紹介している「BLコミックレビュー」。今回は2022年8月に発売された作品のなかから2作品をピックアップした。

■2022年1月のレビュー
■2022年2月のレビュー
■2022年3月のレビュー
■2022年4月のレビュー
■2022年5月のレビュー
■2022年6月のレビュー
■2022年7月のレビュー

『百と卍 5』
(紗久楽さわ/onBLUE comics/祥伝社)

 江戸文政末期を舞台に、元陰間の百と元火消しの卍の、とろけるほどに甘い恋模様を描いてきた『百と卍』シリーズ。

 シリーズを通してふたりからは、大好きな人とともに暮らせる“しあわせ”がひしひしと伝わってくる。この日々に暗い影を落とすのが、ふたりの過去だ。百と卍には、けっして結ばれることのない人を強く想った経験がある。ふたりは互いの存在を力に、その過去と向き合い、乗り越えてきた。5巻でも、卍が生家の家族と火消し時代の仲間たちに本当の自分を打ち明ける様子が描かれている。

 自分を受け入れてもらえない恐怖心から、過去を振り返ることはあっても、家族や友人たちと向き合うのは避けてきた卍。しかし元同僚の綱と偶然再会した際、百を“ただの弟分”のように言ってしまい、彼を傷つけてしまう。二度と同じ涙を流させまいと卍は、百とともに実家へと向かい、ふたりで一緒にけじめをつけるのだ。

 ふたりは3巻で、未来永劫添い遂げる約束を交わしている。しかしこの時はどこか、夢物語のようで現実味がなかった。しかし5巻で描かれた「ふたりで乗り越える」というけじめによって、ふたりの未来はより鮮明になったように思う。

 また本作の魅力は、多数の文献をもとに描かれた江戸時代考証にもある。来年度から公募がなくなる文化庁メディア芸術祭のマンガ部門でBL作品初となる優秀賞受賞という結果に深く頷けるのも、ストーリーの中にこの時代考証がうまく組み込まれているためだと思う。作者・紗久楽さわ氏の熱狂的ともいえるお江戸愛を通して、当時を生きた人々の息遣いまでもがありありと伝わってくる作品だろう。

『とめどなく、シュガー』
(児島かつら/バンブーコミックス/竹書房)

 大きな失恋をした仁科敬太と、ゲイであることを周囲に隠している矢井場理一の、大学卒業間近の励まし合いセックスから始まる遠距離ラブストーリーを描いた『とめどなく、シュガー』。本作において印象的だったのは、セクシュアリティのカミングアウトに対する価値観が対象的なカップルを通して「大切な人と未来を共有するとはどういうことか」を描いた点だ。

 ゲイであることを家族にも同僚にも堂々と公言している敬太に対して、理一は隠し通している。ふたりは、働きながら東京と徳島の遠距離恋愛を続けているため、そう簡単に会えない。にもかかわらず理一は、「地元を訪れたい」という敬太の申し出を、関係を隠せる自信がないからと断っている。

 多様なセクシュアリティの受容、理解が進んでいるようにも見える昨今。しかし本作中でも描かれていたが、「男性」が付き合うのは「女性」であることを前提に会話が進む、待ち合わせ先でのハグを見た人が「撮影かな」と言葉にするといった無自覚、無意識のバイアスは、誰の中にも存在する。「理解されない」以前に「前提が異なる」以上、セクシュアリティを公にすることに対して慎重になる人がいるのも当然だろう。

 ただし、ふたりで生きていくうえで家族などの身近な人たちへのカミングアウトを避けて通るのも難しい。いつ言うか、どう伝えるかについてじっくりと考えたい理一にとって、早く自分たちの将来を現実的に考えたい敬太の言動はプレッシャーだった。

 敬太と理一からは、互いが互いを想う気持ちがこれでもかというほどに伝わってくる。だからこそ、「一緒にいる未来」を考えることが恋愛の障壁となってしまっている状況が、あまりにも苦しい。その苦しさの先にある、ふたりが選んだ"今"と"未来"を、ぜひ見届けてほしい。

大好きな人と「一緒に乗り越える」強さが、読み手に与えてくれること

 今回紹介した2作品はどちらも、「ふたりでともにいる未来」を考え、行動に起こす物語だった。一緒に乗り越えたいと思えるパートナーの存在が自ら新たな一歩を踏み出す力となる描写からは、ふたりのゆるがない愛が感じられる。

 と同時に、今回の2作品、2カップルが乗り越えた壁は、無くしていく努力を怠ってはならないと改めて感じた。もちろんセクシュアリティやパートナーの存在を公言するしないは、当人たちに選択の自由がある。しかしキャラクターたちが、世間の目や風潮など自分では簡単には変えられないを理由に、生きづらさを覚えている姿を見ていると、政治家から「(LGBTQ)を隠して生きたほうが美しい」なんて言葉が出てくる社会のままではダメだと思わずにはいられない。

 BLマンガを読んだからといって、さまざまなセクシュアリティへの知見が深められるわけでも、自分の中にある無意識のバイアスがなくなるわけでもない。ただ、大好きな人と生涯をともにしたいと願うキャラクターたちに立ちはだかる世間の目、価値観といった壁を通して、自分の中にもあったバイアスにハッと気づくことができる。また、このままでいいのだろうかと考える時間を与えてくれることも事実だ。

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