【9月発売BLコミックレビュー】『親愛なるジーンへ 2』『ロスタイムに餞を』 ラブストーリーの“ご法度”を通して描く恋愛の体温

2022年9月刊行のBL漫画レビュー

 毎月、筆者が「出会えてよかった」と胸に刺さったBL作品を紹介している「BLコミックレビュー」。今回は2022年8月に発売された作品のなかから2作品をピックアップした。

■2022年1月のレビュー
■2022年2月のレビュー
■2022年3月のレビュー
■2022年4月のレビュー
■2022年5月のレビュー
■2022年6月のレビュー
■2022年7月のレビュー
■2022年8月のレビュー

『親愛なるジーンへ 2』
(吾妻香夜/ショコラコミックス/心交社)

 BLアワード2021のBESTコミック部門で3位を受賞した『親愛なるジーンへ』の第1巻。その続編であり完結篇である同作の2巻を読み終えた今、こんなにも「親愛」という言葉がしっくりくる作品があるだろうか、と感じている。

 同作の舞台は、1970年代のアメリカ・ニューヨーク。NYで弁護士として働くゲイのトレヴァー・エドワーズと、さまざまな快楽を禁ずる厳しい戒律のもとで数百年前の清貧な暮らしを守り続けるアーミッシュだった大学生・ジーン・ウォーカーの愛を紡ぐ。1巻ではふたりの出会いから恋の成就までが描かれ、かつ自身の出生とセクシュアリティゆえに孤独を抱えて生きてきたトレヴァーをジーンのまっすぐな愛が救う物語が展開された。そして今回の2巻では、2年間の同居でふたりでの暮らしが当たり前になったトレヴァーとジーンに訪れた変化が描かれている。

 アーミッシュの人々には、ラムスプリンガという戒律の外で暮らす、いわば「自由時間」がある。これは単に自由を満喫する時間というだけでなく、自身の生涯を選択する機会でもある。俗世で暮らすことを選んだ場合、その若者はアーミッシュのコミュニティに戻ることは許されない。つまり俗世で暮らす選択を取ることは、大好きな家族や故郷との絶縁を意味する。満たされていたものの、狭い社会のなかの1人のままでいることに疑問を抱いていたジーンは、もっと広い世界で何者かになるために、この選択を取った。

 そう甘くはない現実にさらされていたところに住居と仕事、さらには就学という選択をも差し伸べてくれた恋人・トレヴァーと満ち足りた同居生活を送っていた、2巻のジーン。しかし家族と故郷を捨ててまで「何者かになる」ためにNYに出てきた彼は、その目標が何も達成できていないことに焦りも抱いていた。そんな彼に舞い込んだ、カナダにある大学での学びのチャンス。大切なパートナーと離れて「何者かになる」機会を取るか、十分すぎるほど幸せで大切な居場所を取るか。ジーンは再び、究極の二択に迫られる。

 ここではじめて読者は、その後の人生でトレヴァーとジーンが一緒にいないのか、その理由を知ることとなるのだ。同作はふたりの恋愛を、約20年越しにトレヴァーの手記で辿る形をとっている。この手記の読み手は、トレヴァーの甥であるジーンだ。読者は彼とともに、トレヴァーのルーツや生涯最大と言える恋に触れていく。

 この恋を辿る瞬間の演出も特筆すべきだろう。甥のジーンが手記を読み始めるシーンでは、あえて明確に過去と今を分けない手法がとられていた。ふたりのジーンがまるで隣りにいるかのような、過去と今が融合する描写からは、彼が手記の内容を物語としてではなく、自身の一部、ルーツとして捉えていることが伝わってくる。そのため読者も、ふたりの人生に深く没入できるのだ。

 同作は、『ラムスプリンガの情景』のスピンオフ作でもある。『親愛なるジーンへ』だけでも1つの作品として成り立ってはいるが、シリーズを通して読むことでキャラクターの相関やアーミッシュとして“生きない”選択を取ることの重みがより深く感じられるだろう。

『ロスタイムに餞を』
(ココミ/GUSH COMICS/海王社)

 『ロスタイムに餞を』は、別れから始まるなかなか珍しいBLだ。4年交際と同棲を続けてきた、献身的な美容師・成瀬尽と自由奔放な小説家・早坂桐生カップルのほろ苦ラブストーリーが描かれる。

 本作に心を掴まれる大きな理由は、感情描写のリアルさにある。ともに過ごす時間が当たり前になればなるほど浮き彫りになる、相手との価値観の相違。最初は「そこすらも好き」だと思う相手の理解できない部分が小さな綻びへと変化し、積み重なっていく。そしてなんてことない日常が、別れの引き金となる。このけっしてドラマティックではない別れ方が、誰に起こってもおかしくない身近なものに感じられ、胸を締めつけられるのだ。

 また別れたところでそう簡単に割り切れない大人の不器用さ、ずるさの描き方にも深く共感する。別れた後にふと頭によぎる、楽しかった思い出の数々。別れたあとも生活の端々に感じる、大好きだった人。この未練の中に、ふたりが過ごした4年間がこれでもかというほどに詰まっているのだ。このように自分たちの4年間を過去にできないふたりだが、理解されない怖さから、相手に自分の思いを伝える一歩を踏み出せない。なんとか繋がっていようと遠回しな口実をつくったり、相手のSNSの写真を保存したりする不器用な姿が、どうしようもなく愛おしい。

 さらに綻びを大きくする「何か」を明確に言葉にできないところにも、非常に共感を覚えた。なぜ自分がこんなにも相手を受け止められなくなってしまったのかと自分を責めることがつらくなって、「別れ」という一種の諦めの選択をとってしまうところにも、大人の不器用でずるい一面が感じられる。

 恋愛においてあぶり出される人の弱さや脆さをも赤裸々に描いた同作。人間味にあふれた尽と桐生のロスタイムに、餞の言葉を贈りたい。

恋愛における「別れ」を描くナチュラルさ

 ハッピーエンドが好まれるBL漫画。そのため別れを描く作品はあっても、そこまで多くはない印象だ。

 ただ「別れ」もまた、恋愛を含む人生における分岐の1つではないかと、今回紹介した2作を読んで感じた。どんなカップルにも、大小さまざまな人生の分岐点があるだろう。その分岐に「別れ」があることは、ごく自然な事象ではないだろうか。

 心は締め付けられるものの、「別れ」という選択も描かれることで、物語中のふたりの恋に体温が灯ると思う。

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