【7月BLコミックレビュー】『ルビーレッドを噛み砕く』『探偵とねこちゃん』『ブルーモーメント』不器用な大人の恋が眩しい3作

 毎月、筆者が「出会えてよかった」と胸に刺さったBL作品を紹介している「BLコミックレビュー」。今回は2022年7月に発売された作品のなかから3作品をピックアップした。

■2022年1月のレビュー
■2022年2月のレビュー
■2022年3月のレビュー
■2022年4月のレビュー
■2022年5月のレビュー
■2022年6月のレビュー

『ルビーレッドを噛み砕く』
(朔ヒロ/ビーボーイオメガバースコミックス/リブレ)

 『ルビーレッドを嚙み砕く』は、男女性以外にα、β、Ωという第2の性が存在する世界を描くオメガバース作品の1つだ。Ωには男女問わず定期的な発情と妊娠の可能性があるという基本は踏襲しつつも、Ωの朱音純多の目には性別問わず多かれ少なかれ出ているフェロモンが色とりどりの結晶として見えるという、これまでのオメガバースにはなかった設定が設けられている。

 朱音の結晶が見えるという体質は、体調にも影響が出るほどのものにもかかわらず、周囲から理解されないどころか信じてももらえない。そんななかで唯一、朱音を信じ居場所をつくってくれたのが、中学時代の養護教諭でβの牧瀬実だ。しかも牧瀬のフェロモンは、無色透明の結晶。朱音はそんな牧瀬に安心感を覚え、恋をする。そして中学を卒業して5年後、朱音は襲われかけ、ケガをしたところに偶然通りかかった牧瀬と再会。恋が再燃する。

 ふたりの再会と恋のはじまりは、朱音が19歳、大人になってからの出来事だ。朱音はもちろん牧瀬からも、“なにかと危なっかしい彼を放っておけない”だけではない感情が見え隠れする。しかし牧瀬の“先生と生徒”であることへの固執が、恋愛への進展を阻む。この固執を生む理由が「無条件の信頼」という優しい無垢な呪縛であるところに、心をかき乱されること必至だ。

 また結晶描写の美しさも必見だ。漫画というモノクロの世界でまばゆい光と色を読者に想像させる朔ヒロ氏の手腕にも唸らされるだろう。

 同作は続編も決まっている。爆発的な人気を経て、今や書店に並ばない月はないといっても過言ではないオメガバース。そのさらなる創造性の広がりを見せてくれた同作の新たな展開からも、ますます目が離せない。

『探偵とねこちゃん』
(ジョゼ/バーズコミックス ラブキスボーイズコレクション/幻冬舎コミックス)

 元刑事の私立探偵・川崎哲夫と、その助手の御徒町智史の恋路を描く『探偵とねこちゃん』。こちらも大人の純愛が存分に堪能できる作品だ。

 ふたりの出会いは、犯行現場。御徒町は、とある浮気調査の対象者だった。誰とも深い関係にならず、ドライで気楽な恋愛を楽しんでいた御徒町は、彼にのめり込んだ男に逆恨みされ、事件に巻き込まれてしまう。そのとき彼に手を差し伸べたのが、川崎だ。彼も過去の恋愛で傷を負い、誰に対しても一線を引いていた。そんな川崎が、最初は押しかけて来たとはいえ、じわじわと自分のテリトリーに踏み込まれることに抵抗どころか、ついつい招き入れてしまったのが御徒町だ。

 互いに惹かれ合っていることは明白なふたり。しかし恋愛に臆病になっている川崎と、もはや初恋といっても過言ではないくらい恋愛の仕方がわからない御徒町とでは、恋の進展が非常に緩やかだ。くわえてふたりが人の傷に敏感で寄り添う優しさを持ったキャラクターであるため、じれったさに拍車がかかる。 

 しっとりとした大人な雰囲気のなかに、不器用なふたりの初心で本気な恋心が光る一作だ。

『ブルーモーメント』
(一穂ミチ・ymz/ハニーミルク/講談社)

 以前、2022年の注目BLコミック記事でも取り上げた『ブルーモーメント』が、どうしようもなくリアルで、それでいて今を生きる人々への讃歌と言えるようなラストを届けてくれた。

 同作は感染症のパンデミックに見舞われた世界を舞台に、飲食店店主の多田響が常連客の観月尚人と愛人の日比谷征司との間で揺れ動く三角関係を描く。響は、困ったときに手を差し伸べ、導いてくれ、とことん甘やかしてくれる征司との関係に、特段不満を抱いているわけではない。ただ尚人と店主と客という関係以上に仲良くなったことで、不安を分かち合いながらも一緒に先のことを考えられる人と隣にいられる幸福を知る。この後ろめたさと“認めてしまったら最後”な感情との間で静かに揺れ動く響の「ずるさ」が、大人のリアルな恋を見事に表現していた。

 またこの「ずるさ」にやきもきさせられない、むしろすんなり受け入れられるところも、同作の魅力だろう。明確には言葉にされていないものの、同作の舞台はマスクなしでの外出が難しく、飲食店には休業要請が出ていた、コロナ禍の初期だと考えられる。人と気軽に会えない不安感を実際に体験したからこそ、自分のなかに芽生えた新たな感情と折り合いをつけようと葛藤する響に共感を覚えるのだ。

 新たな世界へ導き続けてくれた人、自分の力で現状を切り開くきっかけとなってくれる人。ふたりの間で揺れ動くなかで響は、自分がどう生きたいのかについても向き合っていく。先が見えない不安を抱きながらも、その時その時の気持ちを大切に生きていこうとする彼の姿はきっと、今を生きる読者にも柔らかな希望を灯してくれるだろう。

大人のラブストーリーだからこそ効く「不器用」

 大人には、いい意味でも悪い意味でも経験値がある。たくさんの傷を負ってきたからこそ、臆病になったり打算的になったりすることも珍しくない。これは恋愛にも通ずるだろう。

 さまざまな経験を積んできた大人だからこそ出せる余裕と不器用さのギャップ。このギャップこそが大人のラブストーリーにトキメキを生む大きなエッセンスになるのだと、今回紹介した3作を読んで改めて感じている。

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