OKAMOTO’Sオカモトショウが語る、藤子不二雄A作品の抗えない魅力 「今週の週刊誌に載っていても“ヤバイ”と思う」

オカモトショウが語る、藤子不二雄A

 ロックバンドOKAMOTO’Sのボーカル、そして、ソロアーティストとしても活躍するオカモトショウが、名作マンガや注目作品を月イチでご紹介する「月刊オカモトショウ」。今回ピックアップしたのは、『藤子不二雄Aのブラックユーモア』。今年4月に逝去した藤子不二雄Aが1960年代後半から1970年代前半にかけて執筆した、ダークでシニカルな作品を収めた短編集だ。

完全にオリジナルだし、我が道を行っている

——今回は『藤子不二雄Aのブラックユーモア』。“A先生”の本質が感じられる、素晴らしい短編集ですね。

 そうなんですよ。追悼というか、改めて紹介したいなと思って。

——ショウさんが藤子・F・不二雄、藤子不二雄Aを認識したのはいつくらいですか?

 小さい頃はわかってなかったですけど、最初はやっぱり『ドラえもん』『オバケのQ太郎』とか、F先生の作品を見る機会が多かったと思いますね。A先生の作品は、『笑ゥせぇるすまん』のアニメ版だったり、『忍者ハットリくん』の実写映画をOKAMOTO’Sのメンバーと一緒に観に行ったり(笑)。でも、完全にお二人の作風を理解したのは大人になってからですね。F先生も素晴らしいSF作品を残しているんですが、個人的にはA先生のほうが好みで。

——『忍者ハットリくん』『怪物くん』『プロゴルファー猿』など、数々のヒット作があって。

 『まんが道』も最高ですよね。『藤子不二雄Aのブラックユーモア』は、ヴィレッジヴァンガードで出会ったんですよ(笑)。A先生がブラックな内容の短編を描いているのは知っていたんだけど、短編集2冊でかなりまとまっていて。

——「ビッグコミック」に発表した『黒イせぇるすまん』から始まって、60年代後半から70年代前半にかけて描かれた大人向けの短編集ですね。つまり50年前に描かれた作品ですが……。

 めちゃくちゃ革新的ですよね。ヒット作をいくつも出した後にこういうディープな短編を_描いたんだったら、「なるほどね」と思うんですけど、70年代前半にこれをやっているのは本当にすごい。まず、絵ですね。昔ながらの素朴なタッチと、劇画風だったり実写的な絵柄のミクスチャーというか。見開きのなかでまったく違う絵を行ったり来たりしてるんだけど、それがめちゃくちゃカッコいいんですよ。完全にオリジナルだし、我が道を行っているというか。今週の週刊誌に載ってたとしても、「ヤバイ」って思うでしょうね。

——リアルな描写とマンガ的な表現が共存しているというか。コマ割りも個性的ですよね。

 A先生はマニアックな映画ファンだったから、そこから参考にしている部分もあるんでしょうね。あと、シンプルに絵が上手い。アメリカの旅行記みたいな短編もあるんだけど、サングラスに映り込んでる街の風景とか、車の描き方、人の顔の影の付け方などがめちゃくちゃカッコいい。そこに三頭身のマンガ的なキャラが出て来るのが面白いし、おそらく“現実を虚構として描いています”というアピールなのかなと。わかりやすい斬新さや攻め方ではないんだけど、じつはこういうやり方のほうが“攻めてる”という感じがするんですよね。

——ストーリーも興味深くて。ひきこもり、ストーカー、会社の懲罰人事とか、今は当たり前になっている問題をいち早く描いていて。

 SFが現実になったというか。経済学者や哲学者は予見していたことかもしれないけれど、同じような危惧を持っていたのかもしれないですね。そんななかで、“酒、女、博打”みたいなノリがあるのもいんですよね。たぶん当時は、強くてカッコいい男の象徴だったと思うんだけど、この短編集のなかでは、気が弱い男がそれをやろうとして、最後はカモられる(笑)。ちゃんとそういう価値観を皮肉るようなオチがついているんです。

 暴力の描き方もすごいんですよ。「イジけてる奴を見ると、ぶん殴りたくなるんだよ」「わかる」みたいなセリフがあったり。今、絶対そんなこと言っちゃダメじゃないですか。でも、“マンガや映画や音楽のなかであっても暴力的なことはやっちゃいけない”という世の中は、相当に危ういと思うんですよ。社会のムードや流れでもあるので難しいですけど、マンガのなかで「イジけてる奴を見ると、ぶん殴りたくなるんだよ」というセリフが出て来るのは正しいじゃないかなって。光と影の関係と同じで、理不尽な暴力の概念を理解してないと、平和もないと思うので。

悪や怖さだけでなく、“気持ち悪さ”や“不安”を描く

——『藤子不二雄Aのブラックユーモア』の暴力性って、建前も説明もないですからね。

 そうそう。圧倒的な悪の前で、善人が余裕で負けちゃうので。力の強さは善人か悪人かに関係ないっていう。『笑ゥせぇるすまん』もそうですよね。イソップ童話みたいな教訓はまったくなくて(笑)、ただただ悲惨なことになる話が多いので。読んでいると「世の中、そういうこともあるよね」って思っちゃうですよ。人間は理性だけで動いているわけではなくて、特に理由もなく悪いことをする人間もいるので。悪や怖さだけじゃなくて、気持ち悪さみたいなものもしっかり描いていて。「こんなこと描いたら、気持ち悪いと思われそう」みたいな感じがまったくないのがカッコいいです。

——なるほど。ショウさんが特に好きなエピソードは?

 「マグリットの石」ですね。主人公は浪人生で、ルネ・マグリットの画集を古本屋で見て、「ピレネーの城」に魅了される。しばらくすると、古本屋の店主とか、周りの人たちの頭の上に(「ピレネーの城」で描かれている)巨大な石が浮かんでいるが見えるようになるんです。そのうちに頭がおかしくなって、最後は店主を石で殴ってしまうんだけけど、短編の最後に“みんな頭の上にマドリッドの石を持っている”と書かれているんですよ。誰もが感じている理由のわからない不安というか。すごい作品だと思います。

——『怪物くん』や『忍者ハットリくん』しか知らない方がこの短編集を読むと、ビックリするかもしれないですね。

 ぜひ読んでみてほしいです。悪や暴力、人間の暗い部分を描いたマンガ、たとえば『闇金ウシジマくん』や『嘘喰い』、『ジャンケットバンク』などもそうですけど、その系譜のパイオニアであり、先頭を走っていたのが藤子不二雄A先生だと思うので。あと、自分の経験を作品として残してくれてるのもファンとしては嬉しくて。いちばん『マンガ道』ですけど、F先生との関係性とか「こういう部屋でマンガを描いてたんだ」ってわかるのって、楽しいじゃないですか。

——自分のことを描くという意味でも、先駆者ですよね。

 そうなんですよ。『笑ゥせぇるすまん』が生まれるまでのエピソードを紹介した作品もあって。「大橋巨泉を見て、主人公のキャラクターを思いついた」とか「青年誌向けの作品だから、普段の仕事場ではなく、旅館で描いてた」とか、面白い話がたくさんあるんですよ。「F先生に“この主人公はいいね”と言ってもらって自信になった」という話もエモくて。A先生、ずっとF先生を尊敬していたんですよね。そんな純粋さも持つA先生が描いた『藤子不二雄Aのブラックユーモア』、本当にすごい作品集なので、ぜひチェックしていただきたいです。

読みながら聴くならこの一枚

■スタン・ゲッツ「Focus」(1961年)
 ゲッツは「イパネマの娘」とかが有名ですけど、「Focus」はまったく雰囲気が違っていて。ストリングスとサキソフォンなんですけど、いいムードのバラードは1曲もないんですよ。ストリングスのリフに対してゲッツが自由に絡んで演奏していて、かなり変わった音楽だと思います。ジャズのマナーではないんだけど、フリージャズでもない。そのバランスがいいんですよね。藤子不二雄A先生の作品みたいに“攻めてるな”ってグッと来ます。特に「ナイト・ライダー」はカッコいい!

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる