『明日、私は誰かのカノジョ』いよいよ最終章突入 作者・をのひなおが描きたかったこと

『明日カノ』作者・をのひなおインタビュー

社会現象を巻き起こした「ゆあ」

――その第4章、いわゆる“ホスト編”に登場するゆあ(優愛)は、本作の中でもかなりの反響を生んだキャラクターだと感じています。ある種の社会現象というか。

をの:それは、本当におこがましい話です。

――広告キャラクターに起用されたり、YouTubeやInstagramなどでも「ゆあてゃになりたい!」「ゆあてゃ風メイク」など、彼女に憧れる人のための情報が目につきます。いわゆる地雷系ファッションに身を包んで、黒髪のツインテールというキャラ造形も、ある種のアイコンのようになっていますし。

をの:当初、ゆあは金髪を想定して描いていたんです。モノクロ作画だと髪の毛が白なんですけど、「なにか違うな」と黒髪にしてみたら、それはそれで重たくなってしまって、いろいろ試行錯誤した結果生まれたもので、あんなに人気が出ると思わなくて、正直びっくりしています。

――「今こんな子が街に増えているからキャラとして出そう」というわけではなかったんですね。

をの:週刊連載なので毎回背景の写真資料が必要で、当時、歌舞伎町に撮影に出向いていたんです。街の写真を撮りながら「こういう子がいるんだ」「こういう会話をしているんだ」と雰囲気を感じることはできました。だから、ああいうファッションの子を見かけてはいたのですが、それこそ黒髪か金髪かでも迷っていたし、最初からあの姿と決めていたわけではなかったですね。

現実と並走するストーリー

――フィクションの中でも、新型コロナウイルスの影響下の東京を描いたのも早かったと思います。

をの:緊急事態宣言が出たのが2020年4月で、第4章に入る頃と重なっていたので、章の変わり目ということもあって「マスクつけちゃうか」とスムーズに。

――自然と取り入れたら……というわけですね。社会の動きを残しておきたいという強い使命感みたいなものでもなく。

をの:そうですね。ゆあの過去編(番外編「Stairway to Heaven」。田舎町で祖母と暮らしていた時期のゆあを描く)でも、「ヤングケアラーを取り入れるなんてさすが! この間NHKでやっていたよね」というコメントをいただいたのですが、「え、そうなの?」ということもありましたし、たまたま作中のエピソードと重なることはありますね。

――自ずと作品が現実と並走してしまっていると。

をの:ただ、さきほど「ゆあてゃみたいになりたい」という話が出てきましたよね。夢中になってくださるのは、本当にありがたいのですが、それはちょっと危ういというか、(作品やキャラクターと)もう少し距離をとってほしいというか、自ら思いもよらないような道に踏み込んでしまうようなことは……。

第6章に込められた思い「ちょっと待ってほしい」

――そういえば、ホストクラブに行って「初めて来た」と言うと、「『明日カノ』見て来たの?」なんて聞かれるという話を最近聞きました。そのくらい影響力のある作品であることはすごいことですし、実際に“ホス狂”になりたいというよりも、「自分にできないことをやっているゆあてゃかっこいい」と、ピカレスクロマン的にキャラクターに惚れ込むというケースもあると思います。

担当編集:ホアキン・フェニックス主演の『ジョーカー』って映画があるじゃないですか。あれも作り手側は「ジョーカーみたいになれ」とは言ってない。それを観ている側が「かっこいい」と思うわけで。それは作り手が意図するところではない。ただ、第4章の反響の大きさから「じゃあ20年経ったらどうなっているのか?」という話から生まれたのが、第6章なんです。

をの:第6章には、これまでの章への反響に対して「ちょっと待ってほしい」という気持ちが根底にありました。もちろん、それだけがすべてではありませんが。ゆあに憧れてホストクラブに行ったとか、風俗で働いたみたいな話を目にして、これは一度「その先」を描かなくてはいけないという話はしていました。


――たしかに、第6章の江美も、ゆあがホストにハマっていたように、バンドマンとの恋愛やスピリチュアルなど「なにか」に強く依存した結果、性風俗で働いていました。その後さまざまな出来事があり、自分自身が流されていたことに気づき、クライマックスに至る。ラストもハッピーエンドではないけれど、人生は続くという含みのあるものでしたね。

担当編集:第6章の打ち合わせでも、「江美をどうしても幸せにできない」という話は出てきました。

をの:どうやったら救えるのかという話をずっとしていました。だから、最終的に「救う」というより、折り合いをつけるようなラストになりました。

――なるほど、これは読者の勝手な憶測ですが、あの後、江美はまた別のなにかにハマったり、しょうもない男性に引っかかるような気がしているんですよ(笑)。

をの:次の心の拠り所を求めて、何かしらに依存するんじゃないかなとは思うけど、それが徐々に、あまりお金のかからないものだったり、心理的に負担にならないものになっていったらいいですよね。

担当編集:あのラストには、「これでいいんだ これ が いいんだ」というセリフが出てくるじゃないですか。あれは単に折り合いをつけているのではなくて、かなり無理矢理にそうしているセリフなんですよね。

をの:本心では東京のキラキラした雰囲気を浴びて、地元に帰りたくない気持ちもあるのだけど、「戻っちゃダメだ」「これがいいんだ」と自分に言い聞かせているというか。必死に頑張っているんです。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「著者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる