『明日、私は誰かのカノジョ』いよいよ最終章突入 作者・をのひなおが描きたかったこと

『明日カノ』作者・をのひなおインタビュー

 レンタル彼女、パパ活、整形、ホス狂い……さまざまなテーマで描かれる『明日、私は誰かのカノジョ』、通称『明日カノ』。章ごとにヒロインが入れ替わる形でストーリーが展開し、それぞれにコンプレックスや事情を抱えながら現代社会を生きる姿が映し出される。2019年から「サイコミ」にて連載をスタートさせ、2022年4月には実写ドラマ化されたことが記憶に新しい。その原作者・をのひなお氏にインタビューを敢行。注目を集めるヒロインのキャラクター性や、いかにして物語が生まれているのか、そしていよいよ突入した最終章について話を伺った。

ヒロインたちのキャラクターはどう生まれたのか

――『明日カノ』の登場人物は、まるで実在するかのようなリアリティを持っていると感じています。私の周囲でもヒロインたちのことを自分の女友達のように語る女性がたくさんいます。そんなキャラクターはどのようにして生まれているのでしょうか。

をの:物語よりも先にキャラクターを作ることが多いかもしれません。このキャラはこういう性格で、こういうものが好き。反対にこれは絶対にしない……と、肉付けをしていったキャラクターを物語に当てはめていくというか。担当編集さんとの打ち合わせでも、「江美はこういう性格だから、そのシーンではこう言うよね」「わかる」みたいなことを話し合ったりしています。

担当編集:打ち合わせしていて感じるのは、(をの先生の中で)キャラクターが既に存在しているんですよ。

――物語やキャラクターを作る際に、どんなものからインスピレーションを受けているのでしょうか?

をの:どうでしょう……。(担当編集の方に視線を向ける)

担当編集:いろんな取材をして、いろんな資料を漁っていて、毎回死にそうな思いをされてますね(苦笑)。

――取材は、作品内に登場するような女性たちに行うのでしょうか?

をの:時と場合によりますが、女の子には話を直接聞かないようにしています。誰かに話を聞くと「その子の物語」になってしまうじゃないですか。だから、たとえば第4章(「Knockin’on Heaven’s Door」。ホストクラブに通うゆあと萌の物語)のときは、ホストにハマった人のエッセイやルポを読んで輪郭を理解したうえで、当事者ではなく周辺の人、ホストやお店の方などにお話を伺うことの方が多かったです。

取材によって浮かび上がるリアルな世界

――当事者から直接話を聞くと先入観ができてしまうと。

をの:それこそ、第6章(「What a Wonderful World」。スピリチュアルに依存する元ヴィジュアル系バンドのファンである江美の物語)の場合は、蟹めんまさんの『バンギャルちゃんの日常』(KADOKAWA)を最初に読みました。

――江美と同じような、地方出身のヴィジュアル系ファンが描かれるエッセイマンガですね。私(インタビュアー)もキャラとして少し出ているので、今とても驚いています(笑)。

をの:そういった当事者の方が書いたエッセイやマンガを、一番参考にしているかもしれません。作品から当時の背景を自分なりに理解して、「ここに江美がいたら」とキャラクターのことを考えていきます。社内(サイコミ編集部関係者)にバンギャルがいたので、その人に「この時代は何が流行っていたんですか?」と伺ったこともありました。私自身は当時のことを知らないので、神保町の古書店に行って、その頃のファッションを扱う雑誌をたくさん買ってきて、それを踏まえたうえで描いて、さらに当時を知る方々に「何かおかしなところはありませんか?」「気になることがあったら指摘してください」と協力してもらって。江美たちが原宿の神宮橋にいるシーンなんかはそうやって作りました。

――神宮橋にヴィジュアル系バンドのメンバーのコスプレをしている人や、ロリータファッションの女性たちがいるシーンですね。あの背景に座り込んで路上喫煙をしているモブキャラがいたのが印象に残っています。今では考えられないですが、たしかに過去にはそういう風景はあったはずで、そういった空気感の描き方が絶妙だなと。


をの:調べていくうえで、「当時は普通に吸っていたな」と思い当たって。ネット上にも当時の写真やテキストだったり、誰かしらがちょっとした情報を落としているんです。それをヒントにいろいろ調べていくと、それだけで1日経っちゃったりして、全然作画の時間がないときもあるんですけど(笑)。

綿密な打ち合わせから膨らむイメージ

――ホストにせよ、ヴィジュアル系にせよ、「をの先生は当事者なのでは?」という読者の声も目にしますが、そういうわけではなく、丹念な取材から『明日カノ』は生まれているのですね。をの先生のTwitterアカウントを拝見していると、担当編集氏との打ち合わせ後のホワイトボードの写真がアップされています。細かい言葉はぼかされていますが、あそこでも作品を作る上での綿密なやりとりの痕跡が伺えるなと。

をの:そんな、良い風に言っていただいて(笑)。1話1話、ああやって書いておかないと忘れてしまうんですよ。話の流れと絶対に外せないセリフやシーンを書いています。

担当編集:流れを書いていって、それを見て足りない部分やおかしいところを突っ込んでいく感じですね。まずは「前回こうだったよね」というところから始まって……。

をの:「そうなると、この展開をそろそろ入れないと読者の方が飽きてしまう」「これを入れるためには、このエピソードの抜き差しをここでしなきゃいけない」みたいな話をしています。

――たとえば、打ち合わせの中で出てきた、「絶対外せない」というシーンを教えてください。

担当編集:第6章の冒頭は、『ゆれる』(2006年・西川美和監督の日本映画。東京でカメラマンをしている主人公が母の死を知り田舎に帰省するところから始まる)の話をしましたよね。

――言われてみると……!

をの:もちろん、『ゆれる』を意識した話はどこにも出していないのですが、読者の方の感想コメントで「邦画の始まりみたい」というものがあって、「邦画の始まりを意識しながら書いたから、そうなんだよな」と(笑)。

担当編集:僕は映画が好きなので、映画の文脈で提案をすることはありますね。

――映画といえば、第3章の終盤、雪とアヤナが海に行くシーンで、「天国じゃ、みんなが海の話をする」という映画の話をしています。1997年公開のドイツ映画『Knockin’on Heaven’s Door』だと推測できるのですが、これは第4章のタイトルとつながっています。

をの:「あそこで映画の話をするのはエモいじゃん」という話になって、「何なら次のエピソード名は『Knockin’on Heaven’s Door』でよくない?」「いいね!」みたいな軽いノリでしたね。

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