窪 美澄「コロナ禍であろうと人は恋をしたいし、するもの」 直木賞受賞作『夜に星を放つ』に込めた願い

窪 美澄『夜に星を放つ』インタビュー

 窪 美澄の第167回直木三十五賞受賞作『夜に星を放つ』(文藝春秋)は、コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して、人が人と別れることの哀しみを描く「真夜中のアボカド」をはじめ、人の心の揺らぎとその輝きを夜空にまたたく星に託した5編を収めた短編集だ。本短編集はどのように紡がれたのか、それぞれの物語にはどんな想いを込めたのか。窪 美澄に話を聞いた。(編集部)

物語自体も優しさ成分にあふれている

――直木賞受賞、おめでとうございます。

窪 美澄(以下、窪):ありがとうございます。いまだに実感がないまま、あっという間に一ヶ月が過ぎようとしていて……洗濯機のなかに入れられて、ぐるぐる回されているような気持ちです(笑)。こうして取材をしていただく機会が増えて、「忙しくなるとみんなが言っていたのはこういうことか」という実感は、湧いてきたんですけれど。

――受賞作『夜に星を放つ』についてさまざまに聞かれることで、ご自身のなかで、新たな発見はありましたか?

窪:そうですね……。書いているとき、なるべく難しい言葉を使わないように、どんな方にもわかりやすく読んでいただけるように、ということは意識していたんですけれど、改めて読み返すと、文章の易しさだけでなく、物語自体も優しさ成分にあふれているなあ、と感じました。これまで私の小説を読んでくださってきた方には、もしかするとマイルドすぎると思われるかもしれないくらい。でも、この小説もまた、私の一面ではあるので、こういう優しさの部分が大きく注目されることもあるんだな、と新鮮です。

――難しい言葉を使わないようにしていたのは、なぜなのでしょう。

窪:今作は短編集なんですけれど、5編のうち3編は主人公が子どもなんですよね。小学生、中学生、高校生、とそれぞれ違いますが、彼らが言いそうなこと、言わなさそうなことを考えると、自然と文章も平易に読みやすくなっていきました。

――最初に書かれたのは2編めの「銀紙色のアンタレス」、主人公は高校生の少年です。

窪:『オール讀物』の1000号記念で短編を依頼されたのがきっかけですが、掲載が夏だったので、夏の大三角形をモチーフとして出してみようかな、と思ったのが、結果的にこの短篇集を星座というモチーフで繋げることになりました。あとは、私のデビュー作『ふがいない僕は空を見た』の主人公も男子高生なんですけれど、テーマがセクシャルだったので、物語も自然とインモラルなものになりました。その作品があったので、性的なものに過剰に巻き込まれることのない、ごく普通の男子高生を書きたいというのは、前々から思っていたことではあったんです。それで、夏休みにおばあちゃんの家を訪ねた主人公の真が、年上の女性に恋をしたり、同級生の女の子との関係に戸惑うという話になりました。

――まだ高校生になったばかりだけれど、肉体は大人の男に近づいていることに戸惑う描写が印象的でした。やはり女性らしく成長している幼なじみの朝日だけでなく、相手が大人の女性であっても、自分の大きな体は相手をおそれさせるものかもしれない、と戸惑う彼の繊細さが。一方で、おばあちゃんとの、ぶっきらぼうだけど親しみのある距離感も、等身大の男の子という感じで、よかったです。

 私自身がおばあちゃんっ子だったので、おばあちゃんがキーポイントとなる作品が多いんですよ。5編目の「星の随(まにま)に」もそうですしね。

――おばあちゃんが用意してくれる、食べ物の描写もよかったです。

窪:登場する人たちの経済状態を書きたいという気持ちがあって。その人たちがどんな暮らしをしているかを表現するときに、どんなものを食べているかといのは、ひとつの基準になるんですよね。たとえば夏だからガッツリ、お肉を食べよう!となるか、おそうめんを茹でて済ませようとするかで、その家庭の情景は変わってくるでしょう。「銀紙色のアンタレス」も、ごく普通のおばあちゃんのおうちなんですよ、ということを説得したいがために、食べ物の描写を入れていた気がします。

――ああ、だから……素麵とか西瓜とか、なんてことない食べ物ばかりなのに、どの描写にも、生活に根づいたおいしさが匂いたっていますよね。

窪:私自身は、食への興味がどんどん減っているんですけどね。息子と暮らしているときは、日々お腹いっぱい食べさせるために、三食頑張ってつくっていたけれど、一人暮らしになってからは、なんでもいいやって、かなり投げやりになっています(笑)。それなのに小説では、いまだに描写することが多いという。

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